
忠犬は主人を助けない
突然だが、こんな場面を想像して欲しい
ある時、ティミーが井戸に落ちた。
「ラッシー、助けを呼んできて!」と暗がりのなかから ティミーが呼びかけると犬のラッシーは耳を立て、井戸をのぞき込み、大急ぎで走りだす。
すると、すぐに森林警備隊の人が見つかった。
「ワンワン!」
「どうしたラッシー? 何が言いたいんだ?」と警備隊員が尋ねる。
「ワンワン!」
ラッシーは鼻で合図すると、井戸に向かって駆けだした。
心配になった警備隊員は、ラッシーのあとを追って行った。
そして井戸に落ちたティミーは警備隊員に発見された後に助けれられたのだった。
さて、もしあなたがティミーのように井戸に閉じこめられてしまったら、あなたの愛犬はどうするだろうか?
ラッシーのように助けを求めて駆けだすだろうか?
それとも木のに匂いを嗅いで、どこ かへ行ってしまうだろうか?
救助犬として訓練を受けたイヌを飼っているのなら救助を求めに行くかもしれないが、通行人や近所のネコへ吠えることに最大の情熱を傾けているような、ごく普通のイヌの場合はどうだろう?
果たして緊急事態にどう対応すべきか、判断できるのだろうか?
これを科学的に調べるため、ウェスタンオンタリオ大学の研究者クリスタ・マクファーソン とウィリアム・ロバーツは、イヌの飼い主1人に、広い野原を散歩中に心臓発作が起きて倒れたフリをしてもらった。
飼い主たちは全員、同じ行動をとった。
野原のあら かじめ決めておいた場所にペンキで印をつけておき、そこまで来たら息を荒らげ、咳 をし、あえぎ、腕を抱え、倒れて、そのまま動かず地面に横たわるのだ。
木に隠して せき おいたビデオカメラで、このあとのイヌの行動を記録した。
研究者たちは、イヌが10m先に座っている見知らぬ男性に助けを求めるかどうかに着目していた。
実験に参加したイヌたちは、「コリー」や「ジャーマン・シェパード」、「ロットワイラー」、「プ ードル」など、さまざまな犬種がいたが、いずれも知性を売り込むには力不足だった。
イヌたちはしばらく飼い主の体を鼻で押したり、前脚で引っかいたりしていたが、その後、この機に乗じてあたりを散策しはじめたのだ。
見知らぬ男性と接触したのは、 トイプードル1匹だけだった。
このイヌはその男性に駆け寄ると、ひざに飛び乗った という。
ただし、トイプードルは飼い主が緊急事態に陥っていることを知らせようと 話したのではなく、なでてもらいたかっただけだった。
きっとこのイヌは、「大変だ。 飼い主様が死んじゃったから、誰かほかの人に飼ってもらわなきゃ」と判断したのだ ろう。
心臓発作のシナリオはイヌにはわかりにくく(イヌたちは飼い主が昼寝しているだ けだと思ったのかもしれない)、見知らぬ男性が行動を起こさないため、イヌたちは 何も問題ないと判断した可能性もあると考えた研究者たちは、よりドラマチックな第 2の実験を編みだした。
今度は15人の飼い主に、それぞれイヌを服従訓練学校に連れてきてもらった。
イス と飼い主はロビーにいる人にあいさつして部屋に入る。
すると、そこにある本棚が飼 い主の上に倒れてくる(実際は本棚のどこを引っ張れば、飼い主に怪我を負わせずに本当に事故が起こったように見せられるか、研究者が事前に各飼い主に説明してあっ た)。
本棚の下敷きになった飼い主はイヌのリードを離し、ロビーにいる人を呼んでくれるように頼んだ。
またしても、どういうわけかイヌたちは緊急事態に反応しなかった。
イヌたちはかなり長いあいだ飼い主のそばに立ったまま、しっぽを振っていたが、助けを求めに行ったイヌは1匹もいなかったのだ。
研究者たちは、「飼い主が心臓発作で倒れたときも、本棚の下敷きになったときも、イヌが第三者に助けを求めなかった事実から、イヌたちは、これらの状況を緊急事態と判断しなかったか、第三者の助けが必要なこと がわからなかったと思われる」と結論づけた。
つまり、愛犬が命を助けてくれるなどと期待してはいけないということだ。
しかし研究者たちは、確かにイヌが助けを求めて、飼い主の命を救った例もあることを指摘した。
マスコミはこの手のニュースが大好きだ。
「CMのあとは救急車を呼 んだイヌのニュースをお届けします」と言って、ニュース番組の最後に心温まるエピ ソードを提供したいからだろう。
しかし研究者たちは、「こうした話は典型的なイヌの 行動を物語っていると考えるべきではない」という。
単なる犬が人の命を救うという話は、もはや都市伝説なのだ。
誰しも「自分の子ども」や「ペット」だけは、その他大勢と違うなどと思いたいかもしれないが、遅かれ早かれ現実に気づくだろう。
参考文献
・Macpherson, K., & W. A. Roberts (2006). “Do Dogs (Canis familiaris) Seek Help in an Emergency?” Journal of Comparative Psychology 120(2): 113-19