サメは好奇心が旺盛なので、時たま人を襲うことがある。
もっとも大抵は小型サメ程度で、映画『ジョーズ』のような悲惨な結果にはならない。
ただし例外はあって、大型サメは稀に攻撃してくることがある。
ホオジロザメの場合、大きいもので体長6mにもなるために一口噛まれるだけでも、やられたほうはたまったもんじゃない。
そもそもサメはどうして人をかじったりするんだろうか。
どうも食欲を満たすためじゃないようだ。
犠牲になったばらばら死体を研究者が縫いあわせてみたところ、失われた肉はただのひとかけらもなかった。
要は皿の隅にグリーンピースをよける子供みたいなもので、ひと粒だって腹に入れたりしないのである。
ホオジロザメが人間を襲うのは獲物を間違えたからではなく、単なる好奇心によるもののようだ。
そしてサメは水圧のわずかな変化で動きを感知することができるし、海水浴客はもちろん動いている。
もしサメに見つかってから泳いで無事にビーチに着いても、波打ち際に向かう途中で誰かのいたずらで作られた落とし穴で昇天する可能性のほうがずっと大きい。
それに穴を全部よけて水に入れたとしても、最大の脅威が待ち受けている。
それが溺れることだ。
海で溺死する確率は、サメに食い殺される確率の100倍である。
しかし、話を単純にしてもしホオジロザメが噛みついてきたと仮定するならば、サメは獲物の下や後ろから攻撃するのが好きなので、狙われるとしたら脚だろう。
またサメはキチンと噛まないので、かじりついたら頭を左右に振ったり、体を回転させたりして肉を引きちぎる。
犠牲になった動物の骨を見るとらせん状に歯の跡がついていることからして、サメは骨から肉をこそげ取って丸呑みするのが好きなようだ。
ありがたいことに、人への襲撃事例の7割はひと噛みで終わっている。
もっとも、ホオジロザメにひと噛みされてぐいと引っぱられたら、脚が丸ごと一本取れても不思議はないわけだが。
ただ、むしろそれが「吉」と出る可能性がある。
例えば脚をかじられた場合、一番怖いのは大腿動脈を切断することだ。
一般に、静脈よりも動脈が傷つくほ うが深刻な事態につながる。
というのも、動脈は心臓からの血液を運んでおり、圧力がかかっている。
だから、静脈なら切れても血が垂れてくるだけのところ、動脈の場合は噴きだしてしまう。
しかも大腿動脈は、切断されるととりわけまずい血管の部類に入る。
この動脈が脚全体に酸素を送っ ているうえに、全血量の5%程度がここを通っているからだ。
あなたに助かるチャンスがあるかどうかは、サメがどういうふうに噛みつくかで決まってくる。
人間の体は、血液を毎分5%ずつ失う場合、放っておいたら4分ほどで死に至る。
じゃあ、大腿動脈が切れたら長くはないと観念したほうがいいのかって?
そうとばかりは言えないのだ。
あなたの大腿動脈には、この文章を読んでいるあいだも若干の張力がかかっている。
ゴムひもを引っ張っているようなものだと思えばいい。
その状態でサメがスパッときれいに噛みきってくれれば、伸びていた動脈が跳ねかえるようにして脚の切断面に戻る。
そのとき筋肉にはさまれるような格好になると、 動脈がうまい具合に閉じることがある。
そうなれば失血のペースが遅くなって、止血帯を締める時間が稼げる。
ただし、血管がギザギザに切れたり、斜めに切断されたりすると、うまく戻ってくれなくなる。
その場合には最悪な状況に陥ることになる。
まず30秒で意識を失い、循環性ショックに陥る。
また血液不足によって体組織が壊死して腫れあがり、それが血流をふさいでさらにほかの組織の壊死を招くのだ。
大腿動脈がギザギザに切れた場合は四分で全血量の20%が失われ、あなたは危篤状態になる。
心臓が拍動を続けるには最低限の血圧が必要だが、血液が2割もなくなったらその下限を下回ってしまう。
あとはものの数分で完全な脳死を迎える。
もちろん、ここまでの話は運よくサメが予想通り後ろから襲ってくれた場合だ。
頭や胴体に正面からかぶりつか れる可能性は低いとはいえ、仮にそうなったら始末に悪い。
頭がなくなると、困ることがある。
中に脳が収まっていること。