もし棺の中で生きたまま埋められたら

 突然だが、顎の境目に指をあてると頸動脈を探すと脈が読めることは知っているだろうか?

 実際に測ってみると脈拍は1分間に70回前後だ。

 もし、何も感じないとしたらいくつかの可能性を疑おう。1つは、単に脈が弱すぎて測れないパターンだ。

 実のところ、脈が弱すぎてわからないケースは現実に存在する。

 例えば中世に生きた人にとって、脈が弱すぎるのは厄介の種だった。

 なにしろ脈は患者が生きているかどうかを確かめる唯一の手がかりだ。

 そのため昏睡状態に陥った患者が死亡を宣告され、死体安置所で目を覚ますなんてことがたびたび発生したのだ。

 さすがに現代の医師はもっと高度なやり方(心臓と脳からの電気信号を調べる)で生死を判断している。

 でも、あなたの主治医がディナーの予約を入れてしまい、いくつかの手順を省いたとしよう。

 医師は死亡診断書に署名をし、コートをつかんでタクシーに飛びのる。

 あなたは、台車つきの担架で出入口へと運ばれ、救急車に乗せられて死体安置所に向かう。

 それから地面に掘られた穴に入るわけだが、そのあとはどうなるのだろうか?

 仮に気密性のある棺に納められたら、その瞬間からあなたは棺内の酸素を使いつくしていく。

 一般的な棺は容積は900Lであり、あなたがそのうちの80Lを占めるとすると、残り820L分の空気が存在することになる。

 1回の呼吸につき肺は0・5Lの空気を取り込むが、酸素の割合は2割程度しかない。

 だから、酸素が完全になくなるまでには同じ空気を何度か吸うことができる。

 もちろん、酸素が底をつかなくても面倒なことはちゃんと訪れる。

 人間が笑顔でいられるのは酸素濃度が約21%のときで、その比率が下がっていくとすぐに問題がもちあがる。

 12%まで低下すれば脳細胞に酸素が行きわたらなくなり、頭痛、めまい、吐き気、意識の混濁といった症状が現われる。

 6時間程度は生きられるくらいの酸素が中に入っているとはいえ、それはあくまでおとなしくじっと していたらの話。

 息を止めたほうが酸素の節約になると思うかもしれないが、逆に酸素消費量が増える ことになるのでご注意を。

 血中にたまった二酸化炭素を相殺しようとしすぎて、必要以上に大きく息を吸いこんでしまうからだ。

 抑えた呼吸をゆっくり続けるのをおすすめする。

 酸素濃度が10%にまで落ちたら、なんの前触れもなく意識を失ってすぐに昏睡状態に陥る。

 6〜8%になれば、突如としてあの世行きだ。

 面白くなるのはここから。

 あなたを殺したがっているのは酸素の欠乏だけじゃない。

 呼吸のたびに棺内の酸素が二酸化炭素に置きかわっていき、あなたの命を虎視眈々と狙っているのだ。

 二酸化炭素を取りこみすぎるとそれが赤血球と結合するため、体組織に運ばれるはずの酸素の量が減 る。

 そのせいで、重要な臓器がいわば窒息してしまう。

 空気中の二酸化炭素濃度は普通は0・035%。ところが、気密性のある棺の中ではその数値がたちまち上昇していく。

 20%を超えたら2回~3回息をしただけで意識を失い、数分で死に至る。

 そこにいくまでのあいだには中枢神経系が冒され、意識の混濁や妄想といった状態が現われる。

 ひょっとしたら棺の中に幽霊が見えるかも?

 あなたの命に引導を渡すのは、「増えゆく二酸化炭素」か?「減りゆく酸素」か?。

 なかなかの接戦がくり広げられるものの、最終的には吐いた息が命を奪うことになる。

 二酸化炭素が致死的な濃度に達するには2時間半もあれば十分で、内が尽きるよりもずっと前にとどめを刺せるのだ。

 これでも死に方としてはずいぶんましなほうである。

 何かの理由で墓堀人がものすごく急いでいて、 棺に入れる手間をすっ飛ばしてしまったらあなたはえらい目にあうだろう。

 もしかして、むしろそのほうがいい、なんて思っていたりはしない?

 棺がないほうが、逃げだせるんじゃないか、って。

 ところ がどっこい、 実際にはずっと早く最期が訪れる。

 深さ2mほどの土に埋まるということは、土の重さは230kgほどにもなる。

手っ取り早くいえば、絶対に逃げだせない。

 どんなゾンビ映画を観てきたかは知らないが、土から手が出て来る方法は外から誰かがわざわざゾンビを掘り出してあげる以外にない。(そうなると絵面がホラー映画といようりも、ほぼコメディ映画になるだろうが)

 また土じゃなく雪崩で生き埋めになった場合、命が助かる確率は1時間ごとに半分になる。

 つまり、1時間埋まっていたら確率は50%、2時間なら25%という具合に。

 ところが、土の場合はこの減り方がもっと大きくなるとみられている。

 雪は90%が空気なのに対し、土はほとんどが土だからだ。

 どっちの場合も、腕をうまく使ってエアポケットをつくれるかどうかが鍵を握ることになる。

 もっとも、生きながら墓に入れられる心配自体が杞憂なのかもしれない。

 実際は墓までたどり着く前に幕が引かれてしまうからだ。

 怠け者の医者以上に命取りなのが、死体安置所で施される処置。

 アメリカでは埋葬する前の防腐処理として、ホルムアルデヒドを体内に注入して血液と置きかえる(まさに世界最悪の輸血)。

 そして痛ましくもあなたの息の根を止めるわけだが、むしろそのほうが慈悲深い最期なのかもしれない。

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