現代社会では、様々な理由で座ることの方が多くなりがちで、よく健康維持のために「近所を散歩したり」、「軽めのウォーキング」などが奨励されていたりします。しかし、どこか漠然としていて、大切だけども「じゃあ、具体的にどんなメリットはなんなの?」というケースも少なくないと思います。
そこでこの記事では、「ウォーキングはどんなメリットがあるのか?」や「ウォーキングで本当に健康になれるのか?」ということ考えている人に向けて科学的な知見から紹介したいと思います。
少しの散歩で脳機能改善?
マックス・プランク人間発達研究所などの調査で、都市部で暮らす6人の中年を6カ月間、追跡した際に、MRI(磁気共鳴画像装置)を使い、合計280回以上の脳スキャンを行いつつ、さらに過去24時間の行動、屋外で過ごした時間、水分摂取量、カフェインの摂取量、身体活動についても調査を行い、これらの要因が脳の構造とどう関わるかを調査しました。
季節による違いを考慮して日照時間も変数に組み込まれております。
脳スキャンの結果、参加者が屋外で過ごした時間は、右背外側前頭葉皮質の灰白質と正の関係があったそうです。
つまり、普段から屋外で過ごす時間が多い人ほど、脳の一部が大きい傾向があるということですね。
右背外側前頭葉皮質というのは大脳の上側外側に位置するエリアで、行動の計画や調整とった、認知的コントロールに関係しております。
ちなみに精神疾患がある人ほど減少しやすいエリアでもありまして、この部分の灰白質の量が多い人ってのは、メンタルの病気にかかりにくい可能性が示唆されています。
どうやら日光を浴びる時間や運動量といった要素とは関係なく、とにかく屋外で過ごす時間を伸ばすだけでも脳が発達する可能性があるようですね。
とはいえ、かなり小規模な研究なので、「屋外で過ごすだけで脳がブ厚くなる!」とは言えませんが、過去の研究からも「自然の中を散歩すると、うつ病やストレスが軽減される」といった報告や、「自然の中を歩くことで記憶力が20%向上した」というような報告がありますので、今回のような結果がそこまで予想外というわけではないようです。
歩くと幸福なる?
数百人の学生を対象にした実験で、ウォーキングでどれだけポジティブになれるか?が調査されました。
ただし学生たちには実験の目的を隠して、「見知らぬ場所でメンタルがどう変わるかを調べる」と予め話しておいて、最初の実験では、学生たちを2グループに分けました。
大学の装飾品をチェックするだけの退屈なツアーに連れ出すグループと、大学の装飾品が映し出される退屈なビデオを見るグループです。
ツアーの時間は12分程度でしたが、両グループのメンタルには明確な差が出ました。
- 歩いた学生はポジティブな気分が上昇
- 注意力がかなりアップ
- 自信や落ち着きのレベルが上昇
さらに、この論文では別の実験も行い、こちらでは「ウォーキングのほうが嫌な状況でもポジティブになれるのか?」を調査したようです。
具体的には、ツアーに出かける学生には、あらかじめ2ページのレポートを書くように伝えておいて、ビデオを見るだけの学生には、特になにも宿題は与えないようにしました。
つまり、ウォーキングと面倒な作業をセットにして、学生たちのメンタルの変化を見比べようとしたようです。
そしてその結果は、最初の実験とほぼ同じになりました。
嫌な状況を作っても、やっぱりウォーキングをした学生のほうが幸福感はアップしました。
たった12分のウォーキングでも、かなり違いでたようです。
40分のウォーキングで頭が良くなる?
イリノイ大学の実験では65人の男女に対して1年間のウォーキングをしてもらいました。
主なポイントとしては、1日40分のウォーキングを週3のペースで行う。
自分がラクだと感じるぐらいのスピードで歩けば問題はないよです。
そのうえで全員の脳をfMRIにかけたところ、脳の神経回路がかなり増えてたそうです。
つまりプランニング、スケジューリング、ワーキングメモリ、マルチタスクが向上したことを意味します。
またスタンフォード大学の実験では176人の学生を半分にわけて、5分〜16分ほど歩きながら創造性テストをしてもらうグループと、イスに座ったまま創造性テストをしてもらうグループで調査を行いました。
すると、歩きながら考えた学生は、斬新なアイデアを思いつく確率が60%も高かったそうです。
またマックス・プランク研究所の実験でも32人の男女に時速2.5km〜3.73kmのスピードで歩きつつ、ワーキングメモリの性能を測るテストを行ってもらったところ、速いスピードで歩いた参加者ほど点数がアップしていました。
骨が健康になる歩数
150人を調べたパロアルト病院の2011年の研究では、1日の歩数が5,000歩以下になると、太ももの骨が脆くなくなっていくという報告がなされています。
論文では健康な骨を保つのに、1日10,000は欲しいという結論になってますが、体重が平均よりも軽い人の場合は19,000歩ぐらいが目安になるらしいです。
また、2016年の実験では、5,000歩以下になると睡眠の質が有意に低下するそうです。
逆に毎日の歩数が7,500を超えたあたりから、スリムな体型の維持、睡眠の質の改善といった効果が現れてくるそうです。
これは国立再生可能エネルギー研究所の実験で、278人に歩数計をつけてもらって日常の歩数をチェックしました。
すると、1日7500歩を超えたあたりから肥満率が急激に減り、睡眠の改善効果も確認されたとのことです。
現時点で歩数が7500に届いてない方は、まずこれぐらいを目指すと生活の質が上がると思います。
さらに精度の高いデータはありませんが、タンマサート大学の2016年の論文では、1万歩を超えたあたりからさらに肥満率が下がって行き、メンタルにも良い影響が出てくると報告されています。
どうやら1万歩を歩くようにした参加者は、不安・怒り・疲労といったネガティブな要素が格段に改善したんだそうです。
同時に心疾患のリスクも低下していく傾向がありまして、アンチエイジングにもかなり効きそうなのが1万歩ですね。
インスリン抵抗性にも改善が見られますんで、とりあえずこれだけ歩いてれば、心も体もかなり最適化されると考えてもいいかもしれません。
参考文献
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