実は根拠の怪しい心理学研究【ダンバー数・ダニング=クルーガー効果・ジャム理論】

 心理学は、人間の心や行動を科学的に研究する学問ですが、中には根拠の怪しいと指摘される研究も存在します。

 本記事では数ある有名な研究の中でも、特に自己啓発書などで多く引用されがちな、「ダンバー数」・「ダニング=クルーガー効果」・「ジャム理論」などについて、その根拠や実証性について検証していきます。

 この記事を読んだ皆さんが、心理学における研究の信頼性や科学的な検証の重要性について深く考えられるきっかけになれば幸いです。

ダンバー数の問題点

 ダンバー数とは「人間は150を超える人間関係を維持するのは難しい」という考え方で、進化心理学者のロビン・ダンバーが提唱したものです。

その原理は以下のようになっています。

  • ある生物の集団の数は大脳皮質のサイズに対応している
  • ヒトの脳のサイズから見ると、コミュニーケーションの情報を処理する力にも制限ある
  • 様々な集団を調べると、約150人程度が限界である

 つまり対人コミュニケーションは認知の負荷が大きいので「人間関係にも限界はある」という考え方です。

 ただ、ダンパー数には後年になって疑問も多くでており、例えば霊長類の脳サイズについて改めて調べた2017年の研究では、「脳のサイズは社会集団のサイズではなく、食事の違いで決まるのではないか?」という報告も出ています。

 これは大脳皮質のサイズではないデータ(食事や狩猟スキル等)でも、ダンパー数にみられたような相関関係を出せてしまうので、「ヒトの大脳は社会集団のサイズに比例している」と断言するのは難しいことを意味しています。

 さらにストックホルム大学はダンパー数について以下のような調査を行いました。

  • ロビン・ダンバーのオリジナル研究の分析に、大きな3つのデータセットを追加して再検証する
  • さらに2つの異なる統計アプローチも使って分析を行った

 ストックホルム大学の研究は、オリジナルの研究より広範なデータと高度な統計手法を使用しているため、より精度の高い結果を出すことができます。

 そして、分析の結果として以下のようなことが分かりました。

  • ダンバー数の推定値にはバラつきが大きく、95%信頼区間も大きい(つまり、ダンバー数の推定値は信頼性が低い)
  • ひとつの推定値を人間のグループサイズの認知的限界とみなすことはできなかった。
    あるモデルでは、脳が人づきあいを処理できる人数は4人~508人の間に収まる可能性がある

 つまり、ロビン・ダンバーのオリジナル研究では、「多くの人間のグループはおよそこれぐらいのサイズに落ち着く」という推定はできますが、「そのサイズが最適である」や「そのサイズが限界」とは断言はできないということです。

 この結果について、ロビン・ダンバーも以下のような反論を出しています。

  • 霊長類の社会は複雑であり、実験に使われた研究の分析法は有効ではない
  • 人間に限定せず、霊長類全体を分析したら、正しい予測はできない

 しかしこの言い分では、より高度な統計処理を行ったストックホルム大学の分析に対する反論としては弱いです。

 さらに、これまでダンバー数に寄せられた指摘は以下のようになっています。

  • ヒトが形づくる集団のサイズは、ダンバー先生が言うほど脳の限界によって厳密に制限されてる可能性は低い
  • 確かに脳の処理能力には限界があるが、モチベーションや好みによって限界を乗り越えることもできる可能性がある

 まだ完全にダンバー数が否定されたわけではありませんが、「最適に機能する集団サイズという問題は、振り出しに戻った」と思って頂いて間違いないでしょう。

ダニング=クルーガー効果の真実

 ダニング=クルーガー効果とは、1999年に発表された有名な心理現象で、「ある特定のタスクが苦手な人は、自分が実際よりもはるかに優れていると思い、そのタスクが非常に得意な人は、自分の能力を過小評価する傾向がある」というものです。

 心理学を扱うビジネス書や自己啓発書では、「馬鹿は自分の頭の悪さに気づけない」・「無知な人は自らの無知には気づけず、傲慢で根拠なき自信を持つ傾向にある」という説明をされることも多いです。

 しかし、ダニング=クルーガー効果については批判も当然あり、2020年の論文では「ダニング=クルーガー効果とは1つの心理現象ではなく、単なる統計のマジックではないか?」と問題提起をしてます。

 その論文では、「ダニング=クルーガー効果は2つの心理現象が組み合わさった可能性がある」という議論を展開しており、主に以下の2つの心理現象を挙げています。

  • 優越の錯覚:「自分は平均より優れている」と思い込んでしまう、誰にでも見られる普遍的なバイアス
  • 平均への回帰:2つの変数が完全に関連していないときによく見られる統計パターン

以下用語についての具体的な説明

優越の錯覚:研究によると、大多数の人(95%)は自分のことを実際よりも優れていると判断しいる。例えば、一般人に自分のIQを推測してもらってその平均を出すと115点となる。(一般的にIQの平均は100点だと定義されている)

平均への回帰:正規分布の中央部には両端よりも多くのデータが集まっており、ランダムサンプリングによってより多くの平均値を見つけることができる。そのため、測定を何回か行うと数字は平均値に近づいていく。

 上記の心理効果が組み合わさることで、「特定のタスクが苦手な人は自分のことを実際よりもはるかに優れていると思う」というようなダニング=クルーガー効果が成立するのではないかと考えたそうです。

 そこで実際に929人のIQテストから点数のサンプルを集めて、ダニング=クルーガー研究で頻繁に使用される手法で分析を行いました。

 さらにいくつかの要因をコントロールしても、本当にダニング=クルーガー効果が維持されるかどうかを確認しました。

 その結果は、実際には誰もが(頭の良し悪しに関わらず)自分の能力を過大評価しており、通常の統計誤差を考慮したほうが、よりよく説明できることが示されました

 ちなみに「ダニング=クルーガー効果」への疑問は、2017年の頃から既に出ており、数学の専門誌に掲載された研究では、「ダニング=クルーガー効果は、ランダムなデータを使っても再現できるのではないか?」という主張がなされ、実際にコンピューターを使って作成したデータと科学リテラシーテストを受けた人のデータを分析したところ以下のようになりました。

  • 専門家はスキルの低い参加者よりも自分のスコアを予測するのがうまく、男性より女性のほうが自分の能力を判断するのがうまい
  • ただし、能力が低い人ほど自分を過大評価し、能力が高い人ほど自分を過小評価する傾向は確認されず、専門家と初心者は同じ頻度で自分のスキルを過小評価したり過大評価する

 どうやら知能の差は関係なく、「人は誰しも同じように自分の能力を間違えるのではないか?」という結論になっています。

 またダニング博士も反証の研究については一貫して反論していますが、新たな反証となる研究を退けられるほど信頼性の高い研究をまだ提示できていないため、押され気味ではあります。

 もちろん「ダニング=クルーガー効果は完全に間違いである」とまでは言えませんが、旗色はかなり悪くなってきたと考えられます。

ジャム理論は成り立たない

 ジャム理論とは、マーク・レバーとシーナ・アイアンガーが行った実験で、「選択肢が多くなるほど与えられた選択肢の中から選ぶのをあきらめてしまう、多数の選択肢と少数の選択肢を提示した際の違いによって意志決定に与える影響」について調べた研究です。

 直感的には多くの選択肢の中から選ぶことで満足度が向上し、売り上げの促進にもつながると考える人もいるかと思いますが、実際は選択肢を少なく絞った方が売り上げが良かったです。

 しかしベンヤミン・シャイベへネという研究者は、「人は選択肢が多すぎると意欲を失くす」というアイエンガーとレッパーの研究結果に対し、実世界では膨大な選択肢を提示しても成功しているビジネスが数多あるという矛盾に気が付きました。

 そこでシャイベヘネは「成功している企業は、消費者が複雑な選択肢から 選び出せるようにするため、手助けする方法を見つけているのではないか?」という1つの仮説を立てました。

 一般的に、人はスーパーマーケットに行く際、新商品のジャムを買おうとは考えず、いつもと同じ製品を買うつもりで行くと思います。

 この点について、シャイベへネはジャム実験を再現して、ベースラインの数値をとって、そこから実験の条件に変更を加えて可能性を探りました。

 するとオリジナルのジャム実験と同じ結果が出ませんでした。

 オリジナルのアイエンガーとレッパーの実験では、選択肢が多いと消費者の購買意欲は劇的に減退していましたが、シャイベへネが2人と同じように実験をしても同様の結果を導き出せなかったのです。

 さらにライナー・グライフェネーダーという研究者も、高級チョコレートの選択でアイエンガーとレッパーの実験と同じ実験を行いましたが、こちらもオリジナルの「選択肢が多いと選べない」という結果を出すことには失敗していました。

 そこでシャイベヘネとグライフェネーダーの2人は協力して、選択肢の多寡の影響を調べた既存研究を洗い出しました。

 すると研究自体はたくさんありましたが、その大半は学術誌にすら掲載されていないことが分かったのです。

 また「掲載された論文」・「掲載されなかった論文」を含めて、すべての研究を集めたところ実験の結果に関しては「成功と失敗」が混在していました。

 要約すると、調査した研究の結果には「選択肢を増やすと意欲が増加する」という例もあれば、逆に「意欲が減少する」という例もあったのです。

 そして学術誌に掲載された論文は「研究結果の成否に関わらず」、論文自体の与える影響(インパクト)が大きいものを、意図的に選んでいたことが分かりました。(学術誌側の出版バイアスの可能性がある)

 さらに学術誌での掲載に至らなかった論文は、選択の変化による影響が確認されなかった研究も多数含まれていました。

 そこで再度、発表された論文の全体を平均すると、「選択肢の多さ」がもたらす影響は「ゼロ」でした

 どうやら、なじみ深い心理学の研究も絶対正しいとは限らなさそうですね。

コラム1:マズローの欲求5段階説は間違い

 マズローの欲求5段階説とは、心理学者のマズローが「人間の欲求はどんな仕組みになっているのか?」という問題をモデル化したもので、心理学では非常に有名な仮説です。

 簡単に説明すると、まず下から食欲や睡眠欲のような「生理的欲求」が満たされたら、次はその上の「安心な暮らしへの安全欲求」が芽生え、さらにそれが満足されたら「友人や世間に受け入れられたい社会的欲求」が生まれて・・・etc、というように人間の欲望は下から順番にピラミッドを登っていくものであるという考え方です。

 マズローの欲求5段階説は説得力があるため、ビジネスの世界では頻繁に引用されています。

 ただし、このピラミッドは50年以上も前に考案されため、近年では「時代遅れではないか?」という声も少なくありません。

 また近年の「進化心理学」の知見からは、マズローのピラミッドは人間の欲望を正確に反映してないという反対意見が多いです。

 そもそも「進化心理学」とは、「人の心は進化の過程で生まれてきたものである」という考え方のことを指しており、人間の心理メカニズムは、原始時代の環境に適応して進化してきたため、人間のストレスシステムは現代社会では上手く働かない可能性が多いという前提に立ってその上で遺伝子と環境のズレを研究している分野です。

 そして今回、「欲求のピラミッドのリノベーション」と題して進化心理学者たちが、過去の論文をベースに人間の欲求にもとづいた新たなピラミッドを作成しました。

 研究者の1人は「野蛮な進化心理学」などで書籍で有名なダグラス・ケンリック博士です

 そして実際に176件の過去データをまとめた結果、新しい「欲求のピラミッド」は以下のようになりました。

 大部分において、マズローのピラミッドとは変化がありました。

 そして、説明は以下のようになっています。

  • 最下位の段階では、生理的な欲求が優先される
  • 6番目に、自分の命を守るための行動が優先される
  • 5番目に、何らかの集団に入るのが大事になる
  • 4番目に、その集団内での地位を求めるようになる
  • 3番目に、優秀な遺伝子を持つパートナーを欲する
  • 2番目に、手に入れたパートナーとの関係を保つ欲が生まれる
  • 最上位に、自分の子供を育てる欲求がある

 マズローは「最終的には人間は高次の欲求に向かう」と考えたようですが、新しい方では「人間は良いパートナーを見つけて子孫を残すための欲求で動いている」という結論になっています。

 人間は遺伝子を後世に残すために進化してきたので、新しいモデルがこのような結論になるのは不思議なことでもありません。

 またマズローのように、「自分の可能性を探求する」や「統一された自我を実現する」と主張も、実際は「生存と子孫繁栄」という欲求に突き動かされていると考えるのが自然です

 この研究についてケンリック博士は以下のようなことを述べています。

もし人類の祖先が、自身の生物学的な欲求を”超えた”活動ばかりしてたら、私たちはいまここにいなかっただろう。進化生物学の考え方からすれば、「自己実現欲求」が人間の欲求の最上位に来ることは必然ではないし、正しくもない。「自己実現欲求」をピラミッドから取り除くことで、私たちはその事実に気づきやすくなるはずだ。

コラム2:セロトニン不足が鬱病の原因ではない

 過去半世紀にわたって、鬱病の原因だと言われてきたのが「セロトニン」です。

 セロトニンは精神を安定させる物質として知られ、濃度が脳内で減少すると、鬱病の症状が現れるというのが基本的な考え方となっておりました。

 そのため、精神科や心療内科で処方される抗うつ剤も、脳のセロトニン濃度を上昇させるように設計されているのは当たり前です。

 しかし、近年「鬱病のセロトニン仮説は間違ではないか?」という研究も増えてきており、特に2022年のアンブレラレビュー(既存のメタ分析をまとめた、信頼性の非常に高い論文)では、セロトニンと鬱病の関連についていくつかの証拠を検討した上で、以下のような結論を出しました。

セロトニン研究の主要分野では、セロトニンと鬱病の間に関連性があるという一貫した証拠はなく、セロトニン活性または濃度の低下によって鬱病が引き起こされるという仮説を裏付けるものはない

 過去にも「セロトニンと鬱病」について調査を行った系統的なレビューは存在していましたが、今回の研究のように、すべての異なる分野のエビデンスを統合したものはありませんでしたので、貴重な知見です。

 さらに、その他の知見をいくつかピックアップすると、以下のようなものがあります。

  • 鬱病の人とそうでない人の間を調べた研究では、血液や脳液中のセロトニンの濃度は違いがなかった。
  • ある研究では、鬱病の人ではセロトニン活性が高まっているという、セロトニン説の予測とは逆のことが示唆されている。
  • 最新の10件の研究のサンプルによると、脳内のセロトニンレベルを人為的に下げても、数百人の健康なボランティアに鬱病は発生しないことがわかった。
  • 抗うつ薬が効く理由はよくわからないが、もしかしたら単なるプラセボか、抗うつ薬が感情を麻痺させることによって効果を発揮するのかもしれない。

 もちろん、これだけで「鬱病とセロトニンは完全に無関係である」という結論にはなりませんが、既にセロトニン仮説は、かなり旗色が悪くなっている状況です

 とりあえず、「鬱病の原因は脳内化学物質の不均衡である」という従来の考えは、信頼性のない仮説であることは覚えておくとよいでしょう。

参考文献

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・”Ten Kickstarter Products that Raised the Most Money’: https://www.marketwatch.com/story/10 4 kickstarter-products-that-raised-the-most-money-2017-06-22-10883052

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