シングルタスクの力:マルチタスク時代の効率と幸福を科学的に解明

 現代社会ではあらゆる情報に対してマルチタスクをしなければならないことがあるかもしれません。

 しかし、そもそも人間の脳はマルチタスクに対応するようには作られていません。

 そこでこの記事では、「マルチタスクはなぜ無意味なのか?」や「シングルタスクで得られるメリットってなに?」と考えている人に向けて科学的な視点から解説をしてきたいと思います。

「同時進行」(マルチタスク)をやめるだけで成果が上がる

 マルチタスクと能率の悪さには相関関係がある。(1)

 本来、一度に複数の作業をしようとすること自体が「気が散っている」ことを意味する。

 だから成果をあげたい、またはハードルを上げてめざましい成果を手にしたいのなら、目の前の作業に集中するしかない。

 またオランダ・オープン大学のレビュー論文で、過去に行われた「若者って本当にデジタルが得意なの?マルチタスクうまいのか」という研究を概観した結果、以下の様になった。

  • 20代の若者がマルチタスクに秀でているという証拠はゼロ

 とくに若いから認知が違うってデータはなかったようだ。

 それどころか以下のよなことも分かった。

  • そもそも若い人がオッサンよりデジタルを使っているってわけでもない
  • さらに、デジタル世代と言われてても、実はPCやスマホの扱いが他の世界にくらべて上手いわけでもなく、マルチタスク能力が高いわけでもない
  • ところが、若い人は「マルチタスクが得意」と答えるケースが、年上の世代より2倍も多い

というような残念な結果になっていた。

膨大な情報の「誘惑」に流される理由とは?

 私たちはつねに気が散っている。

 この状態が続いていて、うまくいくはずがない。

 とはいえ、すべての非があなたにあるわけではない。

 近年のテクノロジーの発展により、社会には非現実的な要求が生まれた。

 おびただしい 数のメディアがひっきりなしに流す情報の奔流を吸収するのが当然だという風潮が生じた のである。

 その結果、私たちはつねに「アクセス可能」であることを求められるようになった。

 こうした非現実的な要求に応じようと、私たちは複数のタスクに注意を分散させるよう になった。

 マイクロソフトの元バイスプレジデントで作家・コンサルタントのリンダ・ス トーンは、こうした状態を「継続的な注意力の断片化」と呼んでいる。

 つまり、押し寄せる情報の波に、現代人がうわべだけの注意を断片的に向けているにすぎないことを見抜いたのであり、この状況は悪化の一途をたどっている。

 それはまるで、人間一人ひとりを取り巻く宇宙でビッグバンが生じているようなものだ。

 だから私たちは猛スピードで膨張する宇宙に、とても追いついていけないような気分 になっている。

 「ついていこうともがけばもがくほど、無力感に打ちのめされるんですよ」 と嘆く声を、私自身、これまで何度も耳にしてきた。

 こうした過負荷に対処するにはマルチタスクをするしかないそう誤解している人が多すぎる。

 マルチタスクに励むのは逆効果だというのに。

 マルチタスクは状況を改善するどころか、むしろ問題を悪化させる。

 そもそも人間の脳 は、一度に複数のことに注意を向けることができないのだ。

 マルチタスクは情報の流れを遮断し、短期記憶へと分断する。

 そして短期記憶に取り込まれなかったデータは、長期記憶として保存されずに、記憶から抜け落ちていく。

 だから、マルチタスクを試みると能率が落ちるのだ。

 集中力は低下するいっぽうだ。

 それはまるで、自分自身が断片化しているようなものだ。

 同時に私たちは、人に対してますます無 礼をはたらいている。

 ミスをして事故を起こし、その結果に懊悩としている。

 なんにせよ能率が悪くなり、自制心を失っている。

タスクからタスクに「スイッチ」しているだけ

 脳は注意を要するタスクに対処しながら、同時に流れ込んでくる情報を処理することはできない。

 スタンフォード大学の神経科学者エヤル・オフィル博士は

 「人間はマルチタスクなどしていない。タスク・スイッチング (タスクの切り替え)をしているだけだ。 タスクからタスクへとすばやく切り替えているだけである」と、説明している。

 こうした行動を続けているとマルチタスクをしているような気分にはなるものの、脳は一度に2つ以上のことに集中できない。(2)

 そのうえ、注意をあちこちに向けていると、効率が落ちる。

 それだけではない。

 マサチューセッツ工科大学のアール・ミラー博士はこう述べてい る。

 「なにかをしているときに、べつのこと(タスク)に集中することはできない。なぜなら2つのタスクのあいだで『干渉』が生じるからだ。 人はマルチタスクをこなすことなどできない。「できる」という人がいるとしたら、それはたんなる勘違いだ。脳は勘違いするのが得意である。」(3)

 マルチタスクは不可能であり、一般に「マルチタスク」と考えられ ている行為は「タスク・スイッチング」にすぎない。

タスクからタスクへとせわしなく、注意を向ける先を変えているだけだ。

 タスクの切り替えには0.1秒もかからないため、当人はその遅れに気づかない。

 では効率を下げずに「同時にできる」 タスクはなにか?

 ミシガン大学のデヴィッド・マイヤー博士は、次のように明言している。

 「たいがい、脳は複雑な2つのタスクを同時に処理することが できない。ただ、その2つのタスクが脳の同じ部位を使わない場合は例外となる」(4)

 マルチタスクとは、2つ以上の活動を同時におこなおうとした結果、少なくとも1つの活動に十分な注意を向けられなくなることを意味する。

 とはいえ、意識的な努力を必要としない活動は、メインの作業と同時におこなうことができる。

 よって、これはマルチタスクにはあたらない。

 こうしたシンプルな作業には「簡単で機械的におこなえるもの」・「集中力を要さないもの」が含まれる。

 つまり、2つの無関係な作業があったとして、そのうち1つが意識的な努力を必要とし ない場合のみ、それらを同時におこなっても不利益はない。

 ただしこれは、当人がどんな環境で、どんな行動をとっているかによって変わってくる。

 たとえば、近所のスーパーまで車を運転していくのは、どうということのない行為かもしれない。

 大半の人は車を運転しながら同乗者と会話を楽しんだり、ラジオでニュースを 聴いたりできるはずだ。

 とはいえ、免許を取得したばかりの人であれば、運転に完全に集中しなければならないだろう。

 また毎日、洗濯をしている人にとっては、皿を洗う行為に集中力は不要だろうか、借りれない人にとっては必要かもしれない。

 自動操作のようにこなせるタスクは、目的や状況により変わってくるが、おもにいくつか挙げておこう。

・書類をファイルにまとめる

・簡単な食事の支度をする

・作業をする用心にしたことはない。

 うっかりなにかに気をとられるし、曲がるべき道 ありきたり、書類をいつもと違う場所に置いたり、食材を焦がしたり、チューブを押きしたりしかねない。

 慣れた高速道路で運転中にぼんやりして出口を通りすぎてしまうかもしれない。

 心ここにあらずになり、いましなければならないことに注意を向けられ なる。それこそが、マルチタスクの落とし穴だ。

「干渉が起きないこと」を同時にする

 ほぼ無意識に行動することと、予期せぬことが起こるかもしれないと少し意識しながら 行動することとは微妙に違う。

 あなたは職場に向かって運転しているあいだ、ほかのことをずっと考えていても運転できると思っているかもしれない。

 だが突然、目の前に車が割り込んできたら?

 意識していなければ反応できず、衝突してしまうだろう。

 無意識のうちにこなせる作業と、注意力が必要な作業とを混同するのもまた危険だ。

 たとえば、スマホに文字を入力しながら歩き、そのあいだ、周囲の状況を完全に把握で きると思い込んでいる人は多い。

 だが、そんな真似を続けていれば、そうした思い込みが誤りであることを、じきに思い知ることになる。

たしかに、互いに邪魔をしない活動を同時におこなうことも可能だが、どのような活動 であれば同時に実行できるのか、よく考えなければならない。

 講演を聴きながら、ストレス解消用のウレタン製ボールを握りしめていれば、むしろ話 に集中できるかもしれない。

 だがメールをチェックすれば気が散り、講演に集中できなくなる。

 自宅でテレビを観ながらストレッチをするのは、ただソファに座ってぼんやりテレビを 観ているより、はるかに有益だ。

エクササイズをしながらアップテンポの曲を聴けばワークアウトの効果があがるかもしれない。

 だが、ランニングマシンで走りながら本を読んだりおしゃべりをしたりすると、カロリー 消費はたいてい落ちる。

 どちらかが自動的におこなえるものであれば、互いに邪魔をしない2つの活動を同時におこなっても害はない。

 しかし、集中力を要する複数の作業に同時に取り組もうとすれば、高い代償を支払うことになる。

知識の「応用力」が低下する

 マルチタスクは集中力を鈍らせる。

 いま私たちは、長時間、注意を持続する能力を集団で失いつつある。

 そのうえ気が散っていると、状況の変化に適応する柔軟性も低下することがわかった。(5)

  1つの知識をべつの状況にあてはめて使えるようになることを「知識の転移」というが、マルチタスクを試みると、この能力が落ちるのだ。

 ニコラス・G・カーは、情報を 処理するプロセスをインターネットが大きく変えたことを説明している。

ウェブの出現により、データを調べる作業はとてつもなく楽になった。

それまでは、調べたいことがあれば、いちいち近所の図書館まで足を運び、資料にじっくりと目を通さなければならなかった。

 ところがウェブで検索ができるようになった結果、データを吸収し、記憶にとどめる能力は低下した。

 資料の1ページ1ページを深く読み込むのではなく、スクリーンをざっと眺め、文章を浅く読むだけですませるようになったため、学習能力と記憶力が低下したのだ。

メモすることで「集中」が可能になる

このテクニックは、ひとりで働いているときにも応用できる。

 1つに集中している最中に、ほかのことについてのアイデアがひらめいたら、あと考えられるようにそれを書き留めておくのだ。

 なんらかの作業に取りかかる前に、決められた場所に自分専用の「パーキングロット」しておくのがいいだろう。

 それはスマホの「メモ」でもいいし、メモ帳でもいい。ただし付やレシート ダイレクトメールなどに書き留めるのはやめておこう。

アイデアがひらめいたり、なにか重要なことを思いだしたりしても、それが現在の作業そちらに注意をそらしてはならない。ひ

 あとで思いだせる自信があるなら、メモを残す必要などない?

 いや、それは通用しない。

 なぜならメモ帳とちがって、あなたの頭は100%正確に記録を残すことができないからだ。

ちょっと作業の手をとめ、メモをとるだけなら、シングルタスクの集中力が弱まることいない。

 たとえば、あなたが自然光の下で働いているとしよう。

 夕方になり、陽が翳りはじめ、 室内は暗くなってきた。

 それでもあなたは断固として座ったまま、「いまはこの作業に集 中しているから、ぜったいにライトをつけるような真似はしない」と思うだろうか。

 それとも、ちょっと立ちあがり、ライトのスイッチを入れ、作業にもどるだろうか。

 懸命に目をこらして作業を続けるより、灯りをつけるほうがいいに決まっている。 暗がりのなかでひたすら作業を続けるのが馬鹿げているように、周囲の環境をととのえてスムーズに作業を進められるようにする努力や、頭に浮かんだアイデアをメモに残して本来の作業に専念する努力は「一点集中」のために欠かせない。

 とんでもない名案がひらめいたら、それを逃したくないからこそ、すぐに紙に書き留めるというただそれだければ、すぐにその名を忘れてしまうだろう。

 あるいは、頭の中心にそのアイデアをえておこうとするだろう。すると 本来の作業に集中できなくなる。

 一言、二言を書き留めるだけで、なかがすっきりするし、気も触らなくなる。

 人によって記憶力のよしあしがあろう そんなものとは関係なく、自分の思考プロセスをするシステムをつくらねばならない。

電話に「15分」で集中して対応する

 私は幸運にも、窓からの眺望を楽しめるオフィスで仕事をしている。

 だから電話に集中したいときは、デスクに背を向け、景色を眺めることがある(このテクニックは、実際に相 手と顔をあわせているミーティングで使えば逆効果で、相手は激怒するだろうが)。

 また、電話をかけてきた相手にシングルタスクで集中して対応したいものの、かかりき りになっている時間があまりないという状況もあるだろう。

 その解決策はシンプルそのもの。

 最初に、時間があまりないことを先方に知らせるのだ。

「お電話くださり、ありがとうございます。

「あすのミーティングの打ち合わせをさせていただくのに、15分お時間を頂戴できれば幸いです」

 そして残り時間が5分になったら、ていねいにそう知らせよう。

 そうすれば15分という短い時間、通話だけに集中することができる。

 なかには、電話の相手にこちらの姿が見えないのなら、こっそりほかのことをしてもか まわないと誤解している人がいる。

 だが、こうした誤解を捨てれば大きな成果をあげられ るようになるし、長期的に見れば時間の節約にもなる。

 心ここにあらずの状態で長時間、電話を続けるよりも、短時間、相手の話に100%集中するほうがよほどいい。

 相手の話に完全に集中すれば、あなたが先方の時間を 尊重していることは確実に伝わる。

ウェブサイトは「毎回」 閉じる

 同様のテクニックは、パソコンでシングルタスクをしている際にも活用できる。

 さすが にパソコン画面を覆ってしまったら仕事ができないが、アラート機能をオフにすることはできる。

 また、閲覧したウェブサイトは用がすんだら閉じてできるだけオープン・タブも使わないようにしよう。

 同僚には、しばらくメールや電話で連絡がとれないことを事前に知らせておこう。

「この時刻までは集中して仕事をする」と決めた時刻がくるまで、電話に応答したいという衝動に負けないことだ。

 最後に、自分の手持ちのデバイスの機能をよく知ろう。 シングルタスク生活を送るうえで活用できる機能やアプリは内蔵されていないだろうか?

 たとえば家族や特定の相手からのメッセージだけを画面に表示できる機能はないだまた大半のデバイスには「おやすみモード」機能があり、オンにしておけばその時間帯 は着信や通知の音が鳴らなくなる。

 ポップアップ・メッセージが邪魔な場合は、ホーム画 面にポップアップ・メッセージを表示しないようにする機能もあるはずだ。

 こうした「フェンス」を設ければ、あなたはスムーズにシングルタスクを始められる。

 邪魔物は撃退してやる! そう考え、士気を上げていこう。

1つに専心することで「幸福度」が高まる

 シングルタスクは、与えることをやめない贈り物だ。それどころかデヴィッド・ゴール ドマン博士によれば、「幸福になる鍵は、いまという瞬間にどっぷりとひたることにある」という。

 シングルタスクと幸福には相関関係があるのだ。

 シングルタスクを実践していると、人はより深い幸福を感じられるのだ。

 2010年、ハーバード大学の研究者たちは成人の被験者2250人の機嫌のよさや、 いまの作業にどのくらい集中しているかなどを、ランダムな間隔を置いて評価した。

 すると、仕事に熱心に取り組んでいる人ほど、幸福を実感していることがわかった。

 同様に、すぐに気が散ってしまう人ほど幸福を感じる度合いが低いことも判明した。科学者たちの説明によれば、人はなにかに専心しているときのほうが充足感を覚える。(6)

 こんにち、快適な生活を謳歌している多くの人たちが、動画や写真などで楽しいできご を記録することに夢中になっている。

 と同時に、そうしたできごとをきちんと体感しそこねている。

あなたは「休日の一瞬一瞬を楽しむ」 「人生の大きなできごとをしみじみと味わう」「五 感をとぎすませて体験する」といったことより、「未来のいつかのためにスナップ写真をせっせと撮る」ほうを優先していないだろうか?

 そんなあなたの行動は、自らの信念にかなっているといえるだろうか?

 五感を澄まし、「特別な時間」に入るする方法

参考文献

・(1)Gigi Foster and Charlene M. Kalenkoski, “Measuring the Relative Productivity of Multitasking to Sole-tasking in Household Production: New Experimental Evidence,” IZA Discussion Paper Series no. 6763 (July 2012)

・(2)Eyal Ophir, Clifford and Anthony D. Wagner, “Cognitive Control in Media Multitaskers,” Proceedings of the National Academy of Sciences 106. no. 37: 15583-15587.

・(3)Jon Hamilton, “Think You’re Multitasking? Think Again,” National Public Radio (October 2, 2008). http://www.npr.org/templates/story/story. php?storyId=95256794

・(4)Annie Murphy Paul. “The New Marshmallow Test: Resisting the Temptations of the Web.” The Hechinger Report (May 3, 2013). http:// hechingerreport.org/the-new-marshmallow-test-resisting-the-temptations-of the-web/

・(5)Karin Foerde, Barbara J. Knowlton, and Russell A. Poldrack. “Modulation of Competing Memory Systems by Distraction.” Proceedings of the National Academy of Sciences 103, no. 31: 11778-11783

・(6)Matthew A. Killingsworth and Daniel T. Gilbert, “A Wandering Mind Is an Unhappy Mind,” Science 330, no. 6006 (November 12, 2010): 932

・http://citeseerx.ist.psu.edu/viewdoc/download?doi=10.1.1.488.6191&rep=rep1&type=pdf

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