太古の争い愛好:人類の暴力傾向は本能か誤解か?

人間が暴力を好むという誤解

1924年に 南アフリカ共和国 北西部のタウングという村の近くで、鉱山労働者が類人猿に似た小さな個体の頭骨を掘り出した。

この頭骨は解剖学者のレイモンド・ダートの手にわたり、彼はそれを200万年から 300万年前に地球上を歩いていた最初のヒト族のものだと断定し、アウストラロピテク ス・アフリカヌスと命名した。

この頭骨や、他の人間の祖先の骨には、無数の傷があった。

ダートが出した結論は愉快なものではない。

「初期のヒト族は、石や動物の牙や角を用いて獲物を襲っていたに違いない。それに化石の 状態から見て、獲物は獣だけではなかった。彼らは互いを殺し合っていたのだ」

レイモンド・ダートは、人間を残忍な人喰いと見なした最初の科学者の一人になった。

彼の「キラーエイプ理論」は世界の注目を集めた。

「人類がより思いやりのある食生活に切り替えたのは、ほんの1万年前に農業を行うようになってからだ」と彼は述べた。

「人間が自分たちの本当の姿を認めようとしなくなったのは、文明が始まった結果と見なせるだろう」しかし、ダート自身は人間の本当の姿を躊躇なく認めた。

彼はこう書いている。

わたしたちの初期の祖先は常習的な殺人者だ。肉食性で、生きている獲物を暴力的に捕らえ、 虐殺し、その壊れた体を引き裂き、四肢をばらばらにし、犠牲者の温かい血で喉の渇きを癒し、 まだ動いている土色の肉をがつがつと貪った」。

ダートが基礎を築いたことで、科学のための道が開かれ、一群の研究者が彼の後に続いた。

一人目は生物学者のジェーン・グドールで、彼女はタンザニアのチンパンジーに狙いを定めた。

長年にわたって、チンパンジーは温和な草食動物だと考えられていたので、1974年 に彼らの総力戦を目の当たりにしたグドールは、強い衝撃を受けた。

チンパンジーの2つのグループが四年にわたって壮大で残忍な戦いを繰り広げた。

愕然と したグドールは、その発見を長く隠していたが、ついに世界に公表した時、多くの人はそれ を信じなかった。

グドールはチンパンジーが戦う様子をこう説明した。

「鼻から血を流して いる敵の頭を両手で持って、血をすすり、手足をねじり取り、歯で皮膚を食いちぎりました。

1990年代に、グドールの教え子である霊長類学者のリチャード・ランガムは、人間の祖先はチンパンジーのように好戦的だったに違いない、と推測した。

そして、その好戦的な祖先と20世紀の戦場を結びつけ、人間の血には戦争する気質が染み込んでいると述べ、「現代の人間は、500万年間続いた 致命的な闘争を生きのびて、放心状態にある」と結論づけた。

何がランガムをこの結論に導いたのだろう。

答えは簡単だ。

殺人者は生き残り、弱い者は死ぬからだ。

チンパンジーには、孤立している仲間を、集団で待ち伏せして襲う性癖がある。

いじめっ子が校庭でやっていることと同じだ。

では、人間 が狩猟採集をしていた時代について、証拠は何を語っているだろう。

人類学者たちが行った、より目的を絞った研究によって、キラーエイプ仮説は狩猟採集民にもあてはまることがわかった。

彼らの儀式的な戦いは悪意がないように見えるかもし れないが、夜闇に紛れての残虐な攻撃や、男、女、子どもの虐殺については、容易に言い逃れできない。

長く観察すれば、クン人もずいぶん残忍であることがわかった(1960年代 にクン人の領地が国の管理下に置かれた後、クン人の殺人率は急激に下がった。)

人類学者ナポレオン・シャグノンが1968年に発表した、ベネズエラとブラジルのヤノマミ族に関する研究は、科学界を揺るがした。

タイトルは『獰猛な人々 (The Fierce People)』である。

そこには、「慢性的に戦争状態にある」社会が描かれていた。

さらに悪いことに、その本には殺人者である男性の方が妻と子どもの数が多いことが書かれていた。

そうであるなら、わたしたちの血に暴力的傾向が多く含 まれるのは理にかなっている。

さて1920年代に、最初に発見されたアウストラロピテクス・アフリカヌスの化石を調べた レイモンド・ダートのことをもう一度見直してみよう。

ダートは、200万年前のヒト族の 骨に残された傷跡を調べて、彼らは残忍な人喰いだった、と結論づけた。

しかし、それから何年もたたないうちに、アウストラロピテクス・アフリカヌスの法医学的化石が、違う方向を指し示していることに科学者たちは気づいた。

今では専門家が皆同意 していることだが、それらの骨に傷を残したのは、他のヒト族(石や牙や角を使って)では なく、捕食動物だった。

ダートが1924年に分析した個体の頭骨も同様だ。

2006年に、 新たな評決が下された。加害者は大型の猛禽類だったのだ。

では、チンパンジーはどうだろう。

人間に近い親戚である彼らは、互いを八つ裂きにする ことが知られている。

彼らは、血への渇望がわたしたちの遺伝子に書き込まれているという 生きた証拠ではないのか?

この件については議論が続いている。

中でも学者たちの意見が衝突するのは、チンパンジーはなぜ攻撃を始めるのか、という点だ。

中には、人間が干渉するからそうなった、と非難する学者もいる。

タンザニアのジェーン・グドールのように、チンバンジーに頻繁にバナナを与えると、彼らはさらに攻撃的になる、 結局のところ、そのようなごちそうを逃したいチンパンジーはいないのだから、と彼らは主張した。

この筋書きは期待できそうに思えたが、 わたしは納得できなかった。

この筋書きの是非を明らかにしたのは、2014年に発表された大規模な研究である。

それは50年にわたって チンパンジーの18集団で収集されたデータを統合したものだ。

そのどこを見ても、チンパ ンジーの仲間殺しと人間の干渉に相関関係は見つからなかった。

チンパンジーは外部からの 刺激がなくても残忍になる、と研究者たちは結論づけた。

ありがたいことに、わたしたちの系統樹には、他にも枝がある。

例えば、ゴリラはチンパ ンジーよりはるかに温和だ。

さらに良い例はボノボで、彼らは首が細長く、手の骨はきゃしやで、歯は小さく、終日遊んでいる。

じつに友好的で、いつまでも子どもっぽさが抜けない。

したがって、人間 との共通点を見つけたいのであれば、ボノボから始めるべきだ。

しかし、人間の親戚についての白熱した議論に、どれほどの意味があるだろう。

人間はチンパンジーでもボノボでもない。

霊長類には200種類を超える種が存在し、それぞれ互いと著しく異なる。

優れた霊長類学者であるロバート・サポルスキーは、類人猿は人間祖先については何も語らないと考えており、「そうした議論に意味はない」と言い切った。

となれば、ホッブズとルソーが取り組んだ問いに戻る必要がある。 最初の人間はどれほど暴力的だったか? 先にわたしは、それを知る方法は二つある、と述べた。

1つ目は、わたしたちの祖先に似 暮らしをする、現代の狩猟採集民について調べること。

2つ目は、わたしたちの祖先が残 した古い骨やその他の化石を調べることだ。

1つ目から始めよう。

ナポレオン・シャグノンが書いた、ヤノマミ族についての本、『獰猛な人々』については先に述べた。

同書は今日に至るまで人類学分野のベストセラーになっている。

その記述によると、ベネズエラとブラジルに住むヤノマミ族は、戦いを好み、人を 殺す男性は、平和主義の男性(シャグノンに言わせれば「いくじなし」)より子どもの数が 3倍多い。

しかし、シャグノンの研究はどのくらい信頼できるだろう。

現在の狩猟採集民の大半の暮らしぶりは、祖先の暮らしを代弁するものではない、というものだ。

彼らは文明社会にどっぷりつかっていて、農家や都市生活者と接する機会が多い。

また、人類学者につきまとわれたという事実だけでも、調査対象としての彼らを「汚染」した 。

(ちなみに、ヤノマミ族以上に「汚染」されている部族はほとんど存在しない。 シャグノン は協力の見返りとして彼らに斧となたを配り、彼らは非常に攻撃的だと結論づけた)。

では、殺人者は平和主義者より子供が多い、という彼の主張はどうだろうか。

それは意味をなしていない。

と言うのも、2つの重大なミスを犯しているからだ。

第一に年齢の修正を忘れている。

シャグノンのデータベースにある殺人者は、「いくじなし」より、平均で10歳年上だった。

35歳の男性は25歳の男性より子どもの数が多い。 これは驚くような ことではない。

もう一つの基本的なミスは、生存している殺人者の子どもしか計算に入れなかったことだ。

人を殺す人は、往々にして報いを受ける。

つまり、復讐されるのだ。

そうしたケースを無視するのは、当選者だけに注目して、宝くじを買っても損はない、と主張するようなものだ。

では、現代行われている人類学の研究からは何が学べるだろう。

今も定住せず、農業を行わず、家畜も飼育しない社会、要するに、旧石器時代の生活のモデルにできる社会を調べたら、何がわかるだろうか。

ご想像の通り、そのような社会を調べたら、戦争はめったに起きないことがわかる。

フライは、2013年に「サイエンス」誌がまとめた代表的な部族のリストに基づいて、狩猟採集民は暴力を避ける、と結論づけた。

他のグループとの対立が起きると、彼らは話し合って解決するか、それが無理なら、 次の谷まで移動する。

喧嘩が起きると、彼らは島の別々の場所に行って、頭を冷やした。

そして、もう一つ人類学者たちは長い間、旧石器時代の社会のネットワークはきわめて 小規模だったと考えてきた。

親族からなる30人~40人の集団でジャングルを歩き回っていて、別の集団に出会うと、 すぐ戦いが起きた、と科学者たちは考えていた。

しかし、2011年にアメリカの人類学者のチームが、アラスカの「ヌナミウト族」からスリランカの先住民 「ヴェッダ人」まで、世界中の32の原始社会を調べて、その人々がきわめて社交的だということを知った。

彼らは常に集まって食べたり、宴会をしたり、歌ったり、他の集団の人との結婚もタブーではなかった。

確かに彼らは30人から40人という小さな集団で狩猟採集をするが、その集団は家族で はなく、主に友人で構成され、しかもメンバーは常に変化する。

結果として、狩猟採集民は 巨大な社会ネットワークを持っている。

2014年の調査によると、パラグアイのアチェ族 とタンザニアのハッツァ族は、平均で生涯に、1000人の人に出会うと推定された 要するに、あらゆる証拠が、旧石器時代の平均的な人間には多くの友人がいたことを語 ているのだ。

常に新しい人と出会うことは、常に新しいことを学ぶことでもある。

初期の人間の攻撃性を調べる方法が発掘調査だ。

発掘考古学的証拠は、部族と違って、 研究者によって「汚染」されないからだ。

しかし一つ問題がある。 狩猟採集民は、身軽な旅人だった。

彼らは多くを持たず、したがって、多くを残さなかった。

わたしたちにとって幸運なことに、重要な例外が一つある。洞窟壁画だ。

もし人間の自然の状態がホッブズ流の「万人の万人に対する闘争」なら、誰かがこの期間のどこかの時点で、 そのような絵を描いたと予想できる。

しかし、それは見つかっていない。 この時代のパイソンやウマやガゼルの狩りを描いた洞窟壁画は数千見つかっているが、戦いを描いたものは、一つもないのである。

では、古い骨についてはどうだろう?

スティーブン・ピンカーは著書の中で、21か所 の発掘現場で見つかった骨格のうち、暴力死の割合は、平均で15%だったと述べ ている。

しかし、この場合も先述したのと同様に、ピンカーのリストは少々混乱している。

21か所の発掘現場のうち20か所は、すでに農業が始まっていたか、馬を家畜化していた か、定住が始まっていた時代のものであり、したがって、あまりにも最近すぎるのだ。

では、ウマの家畜化も農業も定住もまだ始まっていなかった時代の考古学的遺物で、戦いの証拠になるものや、戦うことが人間の本性であることを示すものは、どのくらいあるだろう。

答えは、ほとんどない、である。

これまでに、400か所で発掘された約3000のホモ・サピエンスの骨格は、人間の「自然状態」を語れるほど古いものだ。

これらの遺跡を調べた科学者たちは、定住や農業が始まる前に戦争が起きたという証拠を見つけていない。

時代が下ると、もちろん話は違ってくる。

著名な人類学者のブライアン・ファーガソンはこう語った。

「戦争は、無限に時を遡ることはできない。それには始まりがあった」

ウクライナ戦争から見る、戦場の兵士が愛国心より「共感・友情」を戦う理由にするわけとは?

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