強制的に書かされても信じられる?
人が他者を認識するときはまず、何をしているかにかかわらず、その行動がその人に 関すること(パーソナリティ、性格、能力など)を反映していると憶測します。
これを対応バイアス (correspondence bias) と呼びます。
対応バイアスとは、何らかの行動とそれを行なった人物の人格とを結びつけて考えてしまう傾向のことです。
例えば誰かがミーティングに遅刻したら、真剣味が足りない人だと思われますし、カッとなる人は怒りっぽいと思われます。
これらの判断が正しい場合もあるかもしれません。
しかし、人が行う1日の行動は、どれだけその人の性格を反映しているのでしょうか?
なぜか人は自分の行動について考えたときだけ、日々の行動の多くが自分の性格とは関係なく、あくまでも「同じ状況なら誰もがする当たり前のこと」だと認識します。
自分ごとになれば、ミーティングに遅れたのは道が渋滞していたせいだと考えますし、カッとなったのは、ひどくイライラしていからだと考えます。
この対応バイアスは、私たちの認識を迷わせているにもかかわらず、 誰にでもあるのです。
「対応バイアス」の例として一番有名なのは、心理学者エドワード・ジョーンズとジェームズ・ハリスが1967年に行なった画期的な研究です。
フィデル・カストロは当時、 米国人の間で非常に不人気でした。ジョーンズたちは、研究に参加した大学生たちに、 カストロに関する短いエッセイを読んでもらいました。
その際に、カストロに好意的なエッセイを書いた人々の本心を推測させました。
あるグループにはエッセイは筆者が進んでカストロに好意的な文章を書いたと告げ、また別のグループには筆者は研究者からカストロに好意的な文章を書くように頼まれて書いただけだと告げました。
しかし、結果は筆者が本人の意志とは関係なくカストロに好意的な文章を書かされただけだと告げられても、その文章を書いた筆者はカストロに好意を持っていると推測しました。
これもまた、よく分析してみる必要がある調査結果ですね。
私たちはみな毎日、 あらゆる種類の「自分の思いにかかわらずしなければならない」ことをしています。
相手の気持ちになる
誰かと知り合いになろうとするときには、相手の立場に自分を置いて、相手がどんな ふうに感じているかをじっくり想像します。
できるだけ注意深くまざまざと想像すれば するほど、効果が上がります(うまくできなくても心配ご無用。
この「視点取得」とい うスキルは繰り返し行なううちに、あまり考えなくても簡単にできるようになります)。
相手との間に共通点(好きなこと、嫌いなこと、過去の経験など)を探して、話してみ てください。 「・・・・・・という気持ちだったでしょうね」というような言い方を使えば、 共感を直接伝えることができます。
特に効果的な方法で見逃されがちなのが、心理学者が「特に必要ではない謝罪 (superfluous apology)」と呼ぶものです。
これは謝罪の言葉を、自分の非を認めるためでなく、相手の苦労に対する遺憾の念を表すために述べます。
つまり、まったく自分 のせいでないことに対して謝るわけです。
多くの人はこういうことを直感的にやってい ます。
自分が悪いわけでもないのに、 「I’m sorry, ひどい雨ですね」とか 「I’m sorry、飛行機が遅れて大変でしたね」などと言います。
こういう謝罪は、あなたが相手の視点に 立って、その経験をわがことのように思っていたり、違う展開であればよかったのにと 思っていたりすることを表すもので、単純ながら大きな効果があります。
こういう言葉 は相手の信頼を明らかに高めます。
そんなふうに言われると、人は何より大事な自分の 携帯電話でさえ見知らぬ人に渡してしまうのです。 ハーバード・ビジネススクールとウォートン・スクールの研究者たちが、ある実験を 行ないました。
実験に協力した男子学生が、雨の日に大きな駅で、通りかかった65人に、携帯電話を貸してほしいと頼んだのです。(3)
そのうち半数の人に対しては、「特に 必要ではない謝罪」を使いました。
「I’m so sorry, 本当にあいにくの雨ですね・・・・・・携帯 電話を貸していただけませんか」
驚いたことに通行人の47%が、携帯電話を手渡してくれました。
単に「携帯電話を貸していただけませんか」とだけ言った場合に は、9%の人しか貸してくれませんでした。
ウソを見破れる確率は53%
昔から「実現するまではふりをしろ」とよく言われているが、これは悪くないアドバイス だ。
もしふりをすることができれば、周りに「実力がある」と思わせることでき、評価も上がり、それが自信につながる。
たとえ自分にそこまでの実力はないとわかっていても、こ のサイクルは健在だ。
だから、もし内心に不安を抱えているが、周りをだまして実力のあるふりをすることができるなら、世間的には「実力のある人」で通すことができる。
それに加えて、「実力のある ふり」には、「本物の実力」と同じくらいの力がある。
なぜなら、大切なのは、結局のとこ ろ「他の人が自分をどう思うか」ということだからだ。
それが自信につながる たとえ自分にそこまでの実力はないとわかっていても、このサイクルは健在だ。 この「ふりをする」ことに関しては、たくさんの心理学の実験が行われてきた。
人はどれ だけうまく他人をだますことができるのか、そしてどれだけ正確に他人の嘘を見抜くことが できるのかという実験だ。
たとえばよくある実験では、15人の人がそれぞれ違う発言をして(嘘の場合もあれば、 本当の場合もある)、40人の人にそれが嘘かどうか判定してもらう。
発言の平均的な長さは 50秒だ。
すべての発言は撮影され、40人すべての判定人に見せられる。
周りをだますのは難しいと思うかもしれないが、実はそんなことはまったくない。
チャールズ・ボンド・ジュニア博士とベッラ・デパウロ博士は、数十年にわたるこの分野の研究を見直し、その結果をまとめている。(2)
対象になった研究は200例で、参加者は2万5000人近くになる。
それで、結果はどうだったか。 相手の話が本当だと当てる 確率はわずか5%で、嘘だと当てる確率はわずか4%だった。
つまり、本当だと当てる確率 は、五分五分の当てずっぽうよりもわずか3%高いだけで、嘘を見抜く確率のほうは当てず っぽうよりもさらに3%低くなってしまう。
これでは、コインを投げて決めるのと大差はな い。
つまり、嘘はめったにバレないということだ。
この結果を見ても、「バレなかったのは嘘をつくのがうまい人たちだけだ」と思うかもし れない。
たとえば、15%の確率で嘘がバレる人もいれば(嘘をつくのがヘタな人たち)、25% の確率でバレる人もいる(嘘をつくのがうまい人たち)、ということだ。
両者の結果が相殺さ れ、結果としておよそ50%という数字になる。
しかし、その推論は間違っている。
どんな人でも、他人を完璧にだます能力を持っている。これは科学的にも証明されている事実だ。
嘘がときには有益なものとして社会的に認め られているのもそのためだ。
調査を行ったボンドとデパウロも指摘しているように、人は日常的に嘘をついている。
人を喜ばせるために嘘をつき、自分の体面を守るために嘘をつく。
人が嘘をつくのは、たいてい自分の評判を守るためだ。
「嘘を知らせるサインはとてもわかりにくく、社会的にも、相手の言うことを額面通りに受け取るのが正しい態度だとされている」と、両博士は言っている。
自分は可能性の無限大、相手は有限
たいていの人は、自分の人生はまったく予測がつかないが、他人の人生は 簡単に予測できるという幻想の中で生きている。
この矛盾する二つの考え方を、自分と他者 の行動にも当てはめ、その結果ダブルスタンダードができあがるのだ。
他人の行動は性格で説明され「あの人はバカだから」「つまらない人だから」「だらしない人だから」)、そして自分 の行動は、予測できない外側の出来事によって説明される(「電車が遅れたから」・「交通渋滞に巻き込まれたから」「それはあいつの責任だから」)。
ただし、褒められるような行動の場合には、 自分の能力や才能のおかげだと考える。
プリンストン大学の心理学者、エミリー・ブロニンとマシュー・カグラーは、大学生を対象に、これからの人生で起こりそうなことを、自分とルームメイトに分けて予測してもらった。 (3)
人生の出来事は、いいこと(やりがいのある仕事、高級マンション、幸せな恋愛など)があれば、悪いこと(退屈な仕事、ぼろアパート、 失恋 など)もある。
結果は予想通りで、たいていの学生は、ルームメイトのほうが出来事の少な い人生を歩むと答えている。それは悪い出来事の場合でも同じだった。
この「自由意思バイアス」を自分に都合のいい偏向と結びつけている。
二人が行った一連の研究に よって、人は自分の人生は他人より複雑だと考える傾向があることがわかった。
他人と比べると、自分の過去と未来はより予測が難しく、人生でたどる可能性のある道の数も多い。それに他人と違い、自分の意思と目的意識に従って人生を歩んでいる。
このダブルスタンダードの根底にあるのは、自分は他人よりもずっと複雑だという思い込 みだ。
つまり、自分以外の人はみんな生まれつきの性格の通りにしか行動できないが、自分 はさまざまな行動の中から状況に応じて選ぶことができる。
人格は、他人にとっては運命か もしれないが、自分にとっては自由意思による選択だ または、本人はそう考えている。
この自由意思という幻想は、自分に都合のいい偏向より優先される。たとえば、他人より 優秀であることよりも、自由であることのほうが好まれる。
たとえ自由のせいで苦労が増え ようとも、自由のほうがいいと考える。
たとえば、卒業後にぼろアパートに住む、または高級マンションに住むという項目では、 自分がどちらかになると答えた学生は68%だったのに対し、ルームメイトがどちらかになる と答えた学生はわずか3%だった。
いい友達がたくさんできる、または友達が少ないという 項目では、自分がどちらかになると答えた学生は30%、ルームメイトがどちらかになると答 えたのは25%だ。
やりがいのある仕事に就く、または退屈な仕事に就くという項目でも、自 分がどちらかになると答えた学生は72%で、ルームメイトがどちらかになると答えたのは3 %だ。
調査に参加した学生たちは、人生の幅広い領域で、自分にいいことが起こる可能性も、悪 いことが起こる可能性も本気で信じていた。つまり、自分の人生はまだ決まっておらず、 可能性に満ちているということだ。
その一方で、ルームメイトの人生に関しては、だいたい においてすでに決まっていると考えている。
もちろん、現実にはルームメイトの人生にだっ て何か起こるはずだ。
だからこの調査からわかるのは、この「自由意思バイアス」という 現象がごく一般的であり、同時にきわめて非論理的だということだ。
ポジティブな人ほど怪我の治りが遅い?
世間では、前向きな気持ちは健康につながると信じられているが、この説を裏付ける科学 的な証拠は、楽観的な人のほうが困難を乗り越える能力がほんの少しだけ高いということだ けだ(4)。
たとえば、調査によると、楽観的な人は手術からの回復が早く、病気にかかる率や死亡率も低いという(5)。
しかしこういった調査は、調査の時点より前の健康状 態を考慮していない。
それに、楽観主義が健康にいい影響を与えることについては、たいし た証拠が存在しないのだ(6)。
マーガレット・カーン博士とハワード・フリードマン博士は、このテーマに関する研究を 詳細に見直した結果、前向きな性格が病気を治すという証拠はまったく存在しなかったと言っている。
前向きな性格が腫瘍を小さくしたり、血管の詰まりを取り除いたりすることは ないということだ。(7)
お金持ちは目立たないブランドを好む?
モーガン・ウォードとジョーナ・バーガーは何百もの商品の分析をおこなったとき、それとは異な るパターンが認められた。
ハンドバッグとサングラスというふたつのファッションカテゴリーを選び、価格と、ブランド名かロゴがついているかどうかに注目して、何百ものサンプ ルにコードをつけていった。
安価な商品については、ブランドが特定できないものがほとんどだった。
たとえば、五〇ドル 以下のサングラスの場合、ブランド名かロゴがついていたものは十本中二本しかなかった。
商品 の価格が上がるにつれ、ブランドの表示はより目立ったかたちになっていた。
一〇〇ドルから 三〇〇ドルのサングラスだと、十本中九本までがブランド名がついていた。しかし、さらに価格 が上がると、ブランドの表示は控えめになる。
五〇〇ドル以上するサングラスでは、ブランド名かロゴのついたものは十本中三本にとどまった。
これにより示されたのは、価格とブランドの顕在性のあいだには、正の相関関係ではなく、U 字型の相関関係があるということだった。
当然のことながら、ロゴがついていないということは、見る人にとってそのアイテムと価 格)を特定するのがむずかしくなる。
マットのような人々にいろいろなハンドバッグの値段を当 ててもらったときには、ロゴやその他のはっきりとしたブランドの表示が大きな違いをもたらした。
商品に大きなロゴがついていれば、見る人には、その商品がだいたいいくらくらいかの感覚 が伝わる。正確な値段は当てられなくても、高価なアイテムとそうでないアイテムの区別はでき る。
〈グッチ〉のバッグは〈ギャップ〉のバッグより高いということくらいはわかるからだ。だがそこで、ロゴを取りはらってしまうと、見る人にはわからない。
二〇〇〇ドルのバッグと 二〇ドルのバッグを区別することができなくなってしまったのだ。
もし、富を誇示するための消費を人々が意識しているのだとしたら、安物と区別できない商品 に、何千ドルもの代金を誰が払おうと思うだろうか。
高価なブランド品を買うのは、質が高いからだということはできるが、しかし、それではラグ ジュアリー・ブランドが比較的目立たないブランド表示に対してプレミアム価格を設定している ことの説明にはならない。
たとえば、メルセデス・ベンツは、ボンネットに小さなエンブレムを つけている。
価格が五〇〇〇ドル高くなるごとに、そのロゴは、一センチずつ小さくなる。
グッチのハンドバッグやルイ・ヴィトンの靴も同様のパターンだ。
より目立たないロゴのつい たラグジュアリー・アイテムほど、高い値がついている。
静かなシグナルほどコストがかかる。 では、裕福な人々は、単にロゴが嫌いだということなのだろうか。(8)
相手(集団)が優れている時
適当な比較の相手が見つからないとか、選べない場合はどうなるでしょう。
あるいは、 すでに明らかな比較の相手が目の前にいて、無視することもできず、しかもこちらが劣って見えるような相手だったとしたら?
そういうときに人は脅威を感じ、前に述べた 四つの戦略のどれかを使って対処しようとします。
もしもあなたが脅威を与える側だと すると、あなたにとってありがたくないことが起こるかもしれません。
「それでも私や自らが所属している集団は優れている。」と思い込みます。
人がこの戦略を使うときには「そうかもしれないけど、でも………」という言い方をよ くします。
たとえばこんな感じ
: 「そう、アンジェラが昇進したの。でもあの人完全に仕事中毒じゃない。 あんな人生、 私はごめんだわ」
:「たしかにスティーブンは愉快な男だよ。だけど単なる目立ちたがり屋に過ぎないさ」
:「そりゃ、ボブの新しい彼女はたしかに美人よ。 でも頭の中は空っぽなんじゃない?」
その人個人ではなく、属するグループを「下方比較」することもあります。
これは戦略としては非常に効果的です。
自分たちがあるグ ループに属すること、つまり「グループ・アイデンティティ」は、自分の個人的特質と 同じくらいに、「自分は何者か」を決定する重要なものです。
グループ・アイデンティティの土台になるのはたいていの場合、共有する目標や、人 種、ジェンダー、民族、職業、家族、国、宗教などに関してそのグループが共通に持つ 要素です。
社会心理学者たちが常に主張しているように、これらのグループ・アイデンティティ は、自己概念や自己肯定感を決定づけるうえで、個人的能力や業績よりさらに大きな役 割を果たします。
したがって、自己肯定感を持つためには、属するグループやそのメンバーに対してポジティブな見方を維持することがどうしても必要です。
グループメンバ の行動が自分の体面に関わるからだけではなく、グループは自分が何者であるかとい う認識の一部であり、自分をどう見るかに関わっているからです。
メンバーは自分そのものとも言えます。
メンバーが賢くて勇敢で善良でないとしたら、自分だってそうなる ことが難しいと考えてしまうわけです。
一方で、認識しようとする相手が、自分とは違うグループに属している場合、相手は自分たちではなくあいつらの一人です。
過去数十年間、社会心理学は繰り返しこのテー マを研究してきましたが、 「あいつら」と見られることは有利ではないということが明らかにされています。(9)
一般的には、「あいつらはみな同じ」だと思っているのです。
「あいつら」は「自分たち」と非常に違うと思っていて、 自分たちほどは善良、賢明、勤勉、道徳的ではないだろうと思っています。
したがってあまり信用しないし、自分の時間やエネルギーを多く提供するに値しないと考えています。
参考文献
・A. W. Brooks, H. Dai, and M. E. Schweitzer, “I’m Sorry About the Rain! Superfluous Apologies Demonstrate Empathic Concern and Increase Trust,” Social Psychological and Personality Science 5, no. 4 (2013): 467-474.
・(2)C. F. Bond Jr. and B. M. DePaulo, “Accuracy of Deception Judgements.” Personality and Social Psychology Review 10, no. 3 (2006) 214-34.
・(3)E. Pronin and M. B. Kugler, “People Believe They Have More Free Will Than Others.” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 107, no. 52 (2010): 22469-74.
・(4)M. F. Scheier and C. S. Carver. “Optimism, Coping, and Health: Assessment and Implications of Generalized Outcome Expectancies,” Health Psychology 4, no. 3 (1985): 219-47
・(5) P. S. Fry and D. L. Debats, “Perfectionism and the Five-Factor Personality Traits as Predictors of Mortality in Older Adults,” Journal of Health Psychology 14, no. 4 (2009): 513-24.
・(6)S. C. Segerstrom. “Optimism and Immunity: Do Positive Thoughts Always Lead to Positive Effects?” Brain, Behavior, and Immunity 19, no. 3 (2005): 195-200.
・(7)Kern and Friedman. “Personality and Differences in Health and Longevity, 474.
・(8)Berger, Jonah, and Morgan Ward (2010), “Subtle Signals of Incon spicuous Consumption.” Journal of Consumer Research 37,555-69.
・(9)H. Tajfel and J. C. Turner, “The Social Identity Theory of Intergroup Behavior,” in Political Psychology: Key Readings, eds. J. T. Jost and J. Sidanius (New York: Psychology Press, 2004)