香りのパワー: 科学が明かす感情と行動への影響「香りの科学」

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 人間は五感によって外界との情報を受け取っていますが、その中でも嗅覚は非常に重要な役割を持っています。

 特に、匂いには私たちの感情や行動に大きな影響を与えると言われています。

 実際、香りは私たちの脳に直接作用し、記憶や感情を呼び起こすことが知られています。

 このような香りの力を科学的に解明し、利用することで、様々な分野での応用が進んでいます。

 本記事では、「香りの科学」に基づいた人の心や行動を動かすための技術について解説します。

匂いが消費者の行動に影響を与える

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 いくつかの研究によれば、店内に気持ちのいい香りがしていると、客は長時間店に滞在し、財布のヒモが緩み、商品に対する評価も好意的になることがわかっている。(1)

 ある実験では1週間にわたって店内に心地よい香りを散布し、なんの香りも散布しなかった一週間と来店客の行動を比較した。

 すると、いい香りが漂っている時は、お客は店舗と商品を高く評価する上に、再度来店したいと強く感じる傾向が見られた。

 別のある実験では、好ましい香りが(若い者限定で)買い物客の使う金額に大きな影響を与えるという結果が得られた。(2)

 またこんな実験もある。

 被験者に、大学のキャンパスのでばに学生のグループがお店を出そうと計画しているので、出店に向けて作った構擬店舗を訪れ、店商品面に対する評価問かせてほしいと頼む。(3)

その際、被験者の一部には、ラベンダー、ジンジャー、スペアミントオレンジの香りをさせた模擬店舗を体験させ、他の人には何の香りもしない模擬店舗を体験させた。

 すると、香りのする模擬店舗を訪れた人たちはそうでない人たちに比べて、店と商品に高い評価を与える傾向があった。

 さらに心地よい香りに影響されるのは、店の買い物客だけではない。

 ラスベガスのカジノで行われた実験では、スロットマシンの周辺に心地よい香りをさせると、香りによっては客が使う金額が多くなるという結果が報告されている。(4)

 フランスのブルターニュ地方の小さな町にあるピザレストランで実験したところ、店内にラベンダーの香りがしているときは、客が長時間滞在して多くの金を使った。

 また、ダンスクラブの店内にオレンジ海の潮、ペパーミントの香りを発散させると、なんの香りも発散させない時より、客が活発にダンスをし、その夜が楽しかったと評価する傾向が見られた。(5)

 さらにいくつかの研究からは、ペパーミントとシナモンの香りに認知的活動のパフォーマンスを高める作用があるという結果を報告している。(6)

 被験者に15分間のトレッドミル負荷試験を行わせたところ、ベパーミントの香りがする部屋で実験を行った人たちは、課題を楽に感じる傾向があったのだ。

 加えてペパーミントの香りは、運動を楽に感じさせるだけでなく、運動のパフォーマンス自体も高めるという。(7)

 実験に参加した人はペパーミントの香りのする部屋と、そうでない部屋の人と比べた場合、ペパーミントによって走るスピードが速く、握力が強く、腕立て伏せができる回数も多かったのだ。

頼み事はお店の前で?

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 研究によれば、気持ちよい香りは、他人に対する態度にも影響を及ぼすらしい。

 実際、ある研究ではショッピングモール内のさまざまな場所で通行人に声をかけ、1ドル札をくずしてもらえないかと頼んだ。(8)

 一部の人には、いい香りのする「ベーカリー」や「コーヒーショップ」の前で声をかけ、別のパターンでは、洋服店のように特定の香りがしない店の前で人に声をかけた。

 するといい香りのする場所で声をかけられた人のほうが、両替に応じるケースが多かった。

 さらに焼き立てのパンの香りは、ロマンチックな関係も後押しする。(9)

 ある実験では、若い男性がショッピングモールで通行人の若い女性に声をかけ、電話番号を教えてくれと頼んだ。

 声をかけた場所はベーカリーなど、いい香りのする店の前と、なんの香りもしない店の前で声を開けた

 なんと女性たちが電話番号を教えた割合は、いい香りのする場所の方が大きかった。

 また別の実験では、待合室での見知らぬ他人同士の関わり合いについて、部屋に香りを漂わせた時と、そうでない時を比較した。(10)

 すると、ゼラニウムのエッセンシャルオイルの香りをさせた部屋では、人々が互いに関わり合おうとする傾向がよく見られた。

 より会話や物理的な接触が多くおこなわれ、お互いの座る距離感も縮まったのである。

掃除したくなる匂い?

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 ある実験では、被験者にいくつかの文字列を見せ、それが意味のある単語の意味をなさない文字列かをできるだけ速く識別させた。(11)

 単語の中には「衛生」「整頓」など浄化に関係のある言葉と、「コンピュータサイクリング」と言った、浄化に関係のない言葉の両方が含まれている。

 そして被験者の半分は、柑橘系の洗剤の香りがする部屋で、もう半分はなんの香りもしない部屋で実験に参加させた。

 洗剤の香りがする部屋の人たちは、香りがしない部屋の人たちより、浄化関連の単語への反応速度が速かった。

 同じ研究グループの別の実験では、被験者を柑橘系の清潔な香りのする部屋と、なんの香りもさせていない部屋のいずれかに入れ、その日に自分が行うつもりの活動を5つ書き出させた。(12)

 その内容を見ると、清潔な香りのする部屋の人たちは、香りのしない部屋の人たちより、浄化に関連のある活動を多く挙げる傾向が見られた。

 しかし、最も興味深いのは三番目の実験だ。

 まず、被験者を清潔な香りのする部屋か、なんの香りもさせていない部屋のいずれかに入室させ、アンケートに回答させる。

 アンケートの内容に意味はない。

 その部屋にしばらく滞在させることが目的で、被験者はアンケート記入が終わると別の部屋に案内され、一枚のビスケットを食べるよう求められた。

 そのビスケットは、食べるときに大量の屑が落ちるタイプのものだったが、被験者の様子を隠しカメラで撮影したところ、「清潔な香りの部屋」で過ごした人たちは、「香りのしない部屋」で過ごした人たちより、テーブル上のビスケットの屑を掃除するケースが多かった。

参考文献

(1)L. Douce and W. Janssens (2013). The presence of a pleasant ambient scent in a fashion store: The moderating role of shopping motivation and affect intensity. Environment and Behavior, 45 (2), 215-38.

(2)J. Chebat, M. Morrin, and D. Chebat (2009). Does age attenuate the impact of pleasant ambient scent on 4.consumer response? Environment and Behavior, 41 (2), 258-67.

(3)E. R. Spangenberg, A. E. Crowley, and P. W. Henderson (1996). Improving the store environment: Do olfactory cues affect evaluations and behaviors? Journal of Marketing, 60 (2),67-80.

(4)A. R. Hirsch (1995). Effects of ambient odors on slot – machine usage in a Las Vegas casino. Psychology and Marketing, 12 (7), 585-94.

(5)N. Guéguen and C. Petr (2006). Odors and consumer behavior in a restaurant. International Journal of Hospitality Management, 25 (2), 335-39.

(6)H. N. Schifferstein, K. S. Talke, and D. Oudshoorn (2011). Can ambient scent enhance the nightlife experience? Chemosensory Perception, 4 (1-2), 55-64.

(7)M. Moss, S. Hewitt, L. Moss, and K. Wesnes (2008). Modulation of cognitive performance and mood by aromas of peppermint and ylang-ylang. International Journal of Neuroscience, 118 (1), 59-77;

P. R. Zoladz and B. Raudenbush (2005). Cognitive enhancement through stimulation of the chemical senses. North American Journal of Psychology, 7 (1), 125-38;

S. Barker, P. Grayhem, J. Koon, J. Perkins, A. Whalen, and B. Raudenbush (2003). Improved performance on clerical tasks associated with administration of peppermint odor. Perceptual and Motor Skills, 97 (3), 1007-10:

K. McCombs, B. Raudenbush, A. Bova, and M. Sappington (2011). Effects of peppermint scent administration noncognitive video game performance. North American Journal of Psychology, 13 (3), 383-90.

(8)B. Raudenbush (2000). The effects of odors on objective and subjective measures of physical performance. Aroma-Chology Review, 9 (1), 1-5.

 B. Raudenbush, N. Corley, and W. Eppich (2001). Enhancing athletic performance through the administration of peppermint odor. Journal of Sport and Exercise Psychology, 23 (2), 156-60.

(9)R. A. Baron (1997). The sweet smell of… helping: 3 Effects of pleasant ambient fragrance on prosocial behavior in shopping malls. Personality and Social Psychology Bulletin, 23 (5), 498-503.

(10)N. Guéguen (2012). The sweet smell of.. courtship: Effects of pleasant ambient fragrance on women’s receptivity to a man’s courtship request. Journal of Environmental Psychology, 32 (2), 123-25.

(11)D. M. Zemke and S. Shoemaker (2008). A sociable atmosphere: Ambient scent’s effect on social interaction. Cornell Hospitality Quarterly, 49 (3), 317-29.

(12)R. W. Holland. M. Hendriks, and H. Aarts (2005). Smells like clean spirit Nonconscious effects of scent on cognition and behavior. Psychological Science, 16 (9), 689-93. 16

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