脳は貧困が大嫌い
SNSなどで定期的に話題になるのが貧困者又はホームレスについてだろう
仕事が無く、明日生きられるのかも分からない現状を伝えるネット記事が投稿されるたびに「それは本人の怠惰だ!」だとか「国が悪い!」と言った発言がコメント欄を賑わす。
がしかし、覚えておいて欲しいのは「本人の主観的な良し悪し」を除くと、そもそも脳は貧困者に厳しい捉え方をする傾向にあることだ。
例えば2006年にプリンストン大学の神経科学者である、ラサナ・ハリスとスーザン・フィクスが脳スキャンを使った実験を紹介しよう。(1)
スキャナーに入った参加者に、複数の社会的グループの人々のカラー写真を見せた。スーツを着た裕福そうなビジネスマンや布切れを纏って路上生活を送るホームレスまで様々である。
すると、ホームレスの写真を見せられた参加者は、とっさに嫌悪感の反応を見せた。
脳スキャンの画像では、お金持ちの写真を見せられた時に、脳の「前頭前皮質内側部」と呼ばれる場所が活性化したのだ。
「前頭前皮質内側部」は、目の前の生物が自分と同じ種族かどうか判断する際に、活性化する。
金持ちの場合には、「同じ人類」として脳が認識したのに対して、ホームレスの写真を見せられた場合には「前頭前皮質内側部」が活性化しなかった。
これはつまり、ホームレスを自分と同じ「人間」としては認識しなかったことを表している。
さらに興味深いのは、ホームレスに差別意識を持つ人間を意図的に集めて実験を行ったのではなく、どこにでもいるような人を参加者として集めた点だろう。
人が無意識に他人を差別する傾向を「潜在的差別バイアス」と呼び、ハーバード大学の潜在連合テストを使った実験などからも明らかになっている。
そして多くの人は、口では「可哀そう」とか「助けたい」と言うかもしれないが、脳がまず最初に感じる感情は「嫌悪感」であることを覚えておく必要がありそうだ。
もちろん、自分以外の他者を助ける為に動ける、利他の精神を持つ人は素晴らしいと思ってはいるが、それとこれとは別に考えて頂きたい。
なぜ貧困を自己責任と考えるのか?
貧困に陥る原因は何だろうか?
「怠惰」のせいか?
「社会」が不公平だからか?
例えば英国の貧困チャリティー支援団体のジョセフ・ラウントリー財団が世論調査を行ったものを見てみよう。(2)
「人生で成功する機会はその気になれば実質的にすべての人に十分にある。結局は本人のやる気の問題だ」
と言う質問に69%の人間が同意している。
また別の調査では(3)、「貧困は本人の怠惰が原因」と考える人が15%から23%に上昇し、「システムが不平等だから」と答える人は29%から21%に減った。
これは英国の調査であるから、日本でどの程度当てはまるのかは分からない。
しかし、「貧困は本人のせいだ」と考える人間は、英国特有ではない。
また、貧しいのを本人のせいにする人間は、往々にして「公平世界信念」を信じている。(4)
「公平世界信念」とは、世の中は公平であり、人は自分の努力に見合った成果を手に入れられるという思想だ。
一目見て、違和感を持つ人は多いだろう。
はたして「本当に世の中は誰に対しても公平なのだろうか?」
また「死ぬほど努力すれば何でも出来るのだろうか?」
この思考の持ち主は、貧困者に対して「学校の勉強を怠ったからだ」とか「仕事で努力を惜しんだから」と考えてしまう。(5)
事実、1992年にホームレスに対する考え方を調査した結果、敵対的な意見を持つ人ほど「公平世界信念」を強く信じていたのである。(6)
貧困から抜け出せない理由
「馬鹿だから貧困になる」のか「貧困だから馬鹿になるのか」、皆さんはどちらだと思う?
2004年、収穫時期を迎える前のインドのサトウキビ農家に心理学者が訪れて、500人の農家を対象に認知機能テストを行った。(7)
補足として、収穫前の時期はどの農家もお金が無く貧しい暮らしをしているが、収穫後は比較的お金には余裕がある。
そして最初の認知機能テストから数ヶ月過ぎ、サトウキビの収穫後の農家がまとまったお金を手に入れた段階で、再び同じ認知機能テストを行った。
すると、収穫前の貧困状態から収穫後の安定した状態になったことで、9~10ポイントもIQのスコアが変動していたのである。
これはIQ100の「普通」からIQ90の「鈍い」にランクダウンする程の変化だ。
「貧困」という状態が農家の認知能力に与えた影響は大きく、センディル・ムッライナタンによれば、お金の心配がある人は脳内では「帯域幅」が狭くなっているせいで、物事に集中しにくくなっているのが原因ではないか?とした。
さらに、米国のショッピングセンターで行われた研究がある。(8)
参加者に車を修理に出したと仮定してもらい、その修理費が150ドルの人と1500ドルの人に分かれる。
そして、その状態で2種類の知能テストを受けてもらった
結果は、お金のある人と無い人ではテストの成績に差が出たのである。
比較的裕福な参加者の成績を見ると、150ドルだろうと1500ドルだろうと変わりは無かった。
ところが、さほど裕福ではない人は修理代が1500ドルのグループが最も成績が悪かったのである。
もちろん、実際に修理代を請求される訳ではありませんが、お金について際し迫る危機だと感じやすい貧困者はかなりの悪影響を受けました。
貧困は思考を狭める
心理学者のアヌジ・シャーは、名門大学であるプリンストン大学に所属する学生を集めて、ある実験を行った。(9)
クイズ形式のゲームを行い、ある学生グループには「時間長者」として、長めの時間を与え、別の学生グループには「時間貧乏」とされて短い解答時間が与えられた。
どちらも最初は同じような成績であったが、時間貧乏グループには、必要なら時間を前借でき、その変わりとして1ラウンドで1秒借りる度に全体の持ち時間から2秒引かれる仕組みになっていた。
すると、前半は時間を借りなくても済み、成績も互角だった。
ところが、後半なると貧乏グループは時間を借り始め、そして次第に今「数秒」が手に入るなら、後で「倍の時間」を失っても良いと考える傾向が現れた。
最終的な成績に関して、時間貧乏グループはとても悪くかった。
時間が「足りない」という意識に頭が支配され、長期的にみて不利になるような条件にも関わらず、短絡的な判断で時間を借りてしまったのである。
人は何かが足りないという状況になると、思考に圧力が掛かり、判断を誤りやすくなる。
知的レベルが決して低くない名門の大学生を貶めたのは貧乏と言う「環境」だった。
そして大学生を対象にした研究からも分かる通り、何かが足りないと考えるだけで頭の良し悪しに関係なく狭い思考でしか判断できなくなる。
プリンストン大学のエルダー・シャフィールの研究では、お金の心配をするほど、貧困から抜け出すための正しい判断が出来なくなることが分かっている。
人は「馬鹿だから貧困になる」のではなく「貧困だから馬鹿になる」という事が言えるだろう。
我々も今は普通の生活を送れているが、お金について心配すると視野狭窄にハマって短期的な思考判断しか出来なくなる可能性を十分に考慮しなければいけないだろう。
終わりに
お金に関しての心理学は中々深いところではあります。併せて読みたい記事に「選択」に関する記事と「デモ」に関するの記事を載せておきますので、宜しければそちらもどうぞ。
参考文献
・ インビジブル・インフルエンス 決断させる力(東洋館出版社,2016年)
・いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学(早川書房,2015年)
・MIND OVER MONEY―――193の心理研究でわかったお金に支配されない13の真実(あさ出版,2017年)
・無理なく限界を突破するための心理学 突破力(星雲社,2019年)
・(1)Harris, L.T. & Fiske, S.T. (2006) Dehumanizing the Lowest of the Low: Neuroimaging Responses to Extreme Out-Groups. Psychological Science, 17, 847-853.
・https://implicit.harvard.edu/implicit/
・(2)Bamfield, L. & Horton, T. (22 June 2009) Understanding Attitudes to Tackling Economic Inequality: http://www.jrf.org. uk/publications/attitudes-economic-inequality
・(3) Clery, E., et al (April 2013) Prepared for the Joseph Rowntree Foundation – Public Attitudes to Poverty and Welfare, 1983-2011.Analysis Using British Social Attitudes Data: http:// www.natcen.ac.uk/media/137637/poverty-and-welfare.pdf
・(4)Lerner, M.J. (1980) The Belief in a Just World: A Fundamental Delusion. New York: Plenum Press.
・(5) Weiner, D.O. al (2011) An Attributional Analysis of Reactions to Poverty: The Political Ideology of the Giver and the Perceived Morality of the Receiver. Personality & Social Psychology Review, 15(2), 199-213.
・(6) Guzewicz, T. & Takooshian, H. (1992) Development of a Short-form Scale of Public Attitudes Toward Homelessness. Journal of Social Distress & the Homeless, 1(1), 67-79.
・(7) Mani, A. et al (2013) Poverty Impedes Cognitive Function. Science, 341(6149), 976-980.
・(8)Mani, A. et al (2013) Poverty Impedes Cognitive Function. Science, 341 (6149), 976-980.
・(9)Shah, A. et al (2013) Some Consequences of Having Too Little. Science, 338, 682-685.