サブリミナル効果は全く根拠のない疑似科学だった?

 サブリミナル効果とは、無意識に働きかけることで、人間の心理や行動に影響を与えるとされている現象です。

 一部のメディアやマーケティング業界では、サブリミナル効果を利用して消費者の行動を誘導しようとすることがありますが、この現象には根拠がありません。

 実際、多くの研究によって、サブリミナル刺激が人間の行動に影響を与えるという結果は得られていません。

 本記事では、サブリミナル効果がどのようにして疑似科学として認知されるようになったのか、またその影響力や実態について検証していきます。

 科学的な観点から、サブリミナル効果の真偽について深く掘り下げてみましょう。

嘘から始まったサブリミナル

 1950年代、ニュージャージー州のある街に映画館は、ただの映画館とはちょっと違っている。

 なぜなら、映写機に特殊な装置が取りつけられていて観客が気づかないほどの速さ(0.003秒)で、特定の短いフレーズをスクリーンに映し出すことができたのである。

 新聞や雑誌の記事によれば、広告の専門家ジェームス・ヴィッカリーが「ポップコーンを食べよう」、「コーラを飲もう」という言葉を3000分の1秒という短い時間だけ映画のスクリーンに映し出していた。

 ヴィッカリーは、この細工によってコーラの売上げを18.1%、ポップコーンの売上げを57.7%も伸ばしたと主張した。

 そして多くの人はこの記事を読んだとき、恐れおののいた。

 もし広告主が、理性が宿る意識の世界を差し置いて、直接的に私たちの潜在意識にサブリミナル命令を照射するために、この悪魔のテクニックを使うことができるとしたら、これは本当に恐ろしい世界である。

 また一般的に「サブリミナル」というのは、識闘下で提示される非常に微かで速いメッセージをいう。

 1957年、「サタデーレビュー」に「潜在意識を汚すもの」というタイトルで掲載された記事のなかで、ノーマン・カズンズは、この種の装置がもつ本当の意味を熟考したときの気持ちを表現した。

 彼が言うように「その装置でポップコーンの売り込みに成功するのなら、政治家やその他のものの売り込みに使えないはずがない」

 カズンズは、いったいどんな人が人間の心の最も深く、最も私的な部分に分け入り、あらゆる種類の情報を植え込もめるような装置を心待ちにしているのか、それをいぶかしがった。

 そして、「この装置および関連するすべてのものを取りあげて、次の核実験に使われる原子爆弾の中心部に取りつけ、葬り去ること」が最善の策だろうと結論づけている。

 また「サブリミナル技法」の使用を懸念していたのはカズンズ一人ではなかった。

 ベストセラーとなった四冊のシリーズ本のなかで、ウイルソン・プライアン・キーは、サブリミナル戦略が広く使われている可能性があると、国民全体に注意を促した。

 キーによれば、そうした秘法はテレビや映画にかぎらないと言う。

 性的な覚醒をもたらそうと目論まれたメッセージが、広告として使われる写真や絵のなかに巧みに隠されて埋め込まれているという。

 そうしたサブリミナルを説得に使用することに関して、「この本を読んでいるすべての人は、無意識の心に向けられたサブリミナル刺激を操るマスメディア商人の犠牲者である。」と、懸念の意を表している。

 そしてサブリミナル広告はオーストラリアと英国では禁止され、アメリカの連邦コミュニケーション委員会は、サブリミナル・メッセージを使用した場合には、放送ライセンスが取り消されることもあるとを規定した。

 また、アメリカ放送協会は、その会員にサプリミナル広告の使用を禁じている。

 サプリミナルの影響へのこうした反応は、「説得は抵抗できない神秘的な力である」という、私たちの多くが説得ついて最も恐れていることを具現化しているといってよいだろう。

 にもかかわらず、メディアがカバーしている範囲が非常に広いこともあって、政府の規制ではサブリミナルを使って影響及ぼそうとする活動を禁止しきれないのである。

 実際、そのような影響力は自己救済商品にまで使われいる。

 より良い自分と健康な身体を求めて、アメリカの消費者は1987年の1年間だけで、治療の目的のために製作された「サブリミナル・テープ」に50億円も注ぎ込んでいるのである。

 これは1986年の売上げを10%も上回る額である。

 ある業者によれば、この種のテープは「サブリミナル・メッセージ」が意識的な心を通り越して潜在意識に直接的に刷り込まれるので、消費者が望む生活の原形を作り出すのに効果があるのだという。

 またサブリミナル説得の悪練な使用に対する告訴も相次いでいる。

 実際、1990年の夏にはロックバンドのジューダス・プリーストが、曲のなかに「殺れ」というサブリミナル・メッセージを吹き込んだという理由で告訴された。

 しかしサブリミナルが広い範囲で使われているにもかかわらず、世間の関心が「サブリミナルの影響力とは本当に有効なのか?」という最も基本的な疑問に向けられることは、ほとんどなかった。

 そこで過去数年間にサブリミナル過程に関して公刊された150以上の記事、そして200以上の学術論文が集めて調査が行われた。(1)

 その結果は、サブリミナル・メッセージが行動に影響を及すという仮定を支持するに足る十分な証拠は1つとしてなかった。

 多くの研究は効果を見出すことに失敗していた上に、「効果があった」と主張をする研究は方法論的な背景(実験のやり方など)がお粗末で、追試にも失敗していた。

 そして、これらの文献を調査した他の研究者も既に同じ結論に達していた。

 認知心理学者であるティモシー・ムーアは、「特定の行動を誘導したり動機づけを変化させるといった強カなサブリミナル効果の存在を示す実証的証拠はない。」と述べている。

 さらに、そうした考えは膨大な研究の結果と矛盾しており、実験にもとづく情報処理、学習、動機づけの概念とは相容れないものである。

 サブリミナルメッセージが行動を変えないのなら、なぜ人は自己救済テープを買い続けるのであろうか?

 どうも、多くの人びとはそうしたテープが有効であると信じ込みたいようである。

 たとえば、カナダ放送協会(CBC)が1958年に行った研究では、日曜日の晩の人気テレビ番組「クローズアップ」が放映されている間中、352回にわたって「今すぐ電話を」というサブリミナルメッセージ映し出された。

 しかし、これによって電話の使用量が増加することはなかった。

 映し出されたメッセージが何だったか当てるように求められたとき、視聴者から500通近い回答が寄せられたにもかかわらず、正解は一通としてなかったのである。

 ところが、ほぼ半数の回答がその番組の間に喉が渇いたり、お腹が空いたと述べていたのだ。

 おそらく彼らは、メッセージは食べたり飲んだりさせるものだという(誤った)推測をしたのであろう。

ジェームス・ヴィッカリーの告白

 面白いのは、サブリミナルの説得に関する否定的な知見を突き付けられ、ジェームス・ヴィッカリーは商業新聞の「アドバタイジングエイジ」に対して、実際は「ポップコーンを食べよう」・「コーラを飲もう」という内容を映画のフィルムに差し込んだという話は全く嘘であり、マーケティングビジネスの顧客を増やすための作り事だったことを告白したことだ。

 ならサブリミナルによる誘惑の有効性に関して、ウイルソン・ブライアン・キーが示した証拠は何だったのだろうか?

 実は彼が報告した研究の多くは、対照群すなわち比較の対象の群がなかったのである。

 例えば、氷の塊のなかにSEXという文字が埋め込まれたジンの広告を見せられた被験者の62%が、セクシャルでロマンティックで満足感を感じたという研究があったとしても、埋め込まれた「SEX」という文字の有効性について何も示してはくれない。

 もしSEXという言葉が氷の塊から取り除かれたのなら、どうなっただろうか?

 おそらくその62%の被験者は、それでもセクシーでロマンティックで、満足したと感じたことだろう。

 そもそも数字(62%)自体にも意味は無いので、もっと大きかったかもしれないし、もっと少なかったかもしれない。

 結局は比較するものなければ、何も明らかにすることはできない。

 さらにサブリミナルのビデオテープは何の効果もないのにも関わらず、人びとの期待(プラシーボ)によって効果があるように錯覚してしまうことを説明するために、ある調査が行われた。

ジェイ・エスケナジーとアンソニー・グリーンワルドらは、「自尊心or記憶力」を高めるサブリミナル・メッセージが隠されている市販のビデオテープを使って実験を行った。

 どのテープも内容は同じであり、様々なクラシック音楽が録音されていたが、サブリミナルの内容だけは異なっていた。

 製造業者が語るところによれば、市販の自尊心テープには「私はとても立派で、自尊心が高い」というようなサプリミナル・メッセージが含まれていた。

 一方、記憶テープには「私の記憶力と想起力は毎日増進している」というようなサブリミナル、メッセージが含まれていた。

 この研究では、まず公共の場所にポスターを貼ったり地方新聞に広告を出したりして、サプリミナルを使った自己救済療法の潜在力や価値に関心をもつ人びと(おそらく、そのようなテープを買う人びとと考え方が似ているはず)を集めた。

 研究の第1日目に、これらの被験者に自尊心や記憶力に関する質問に回答してもらったうえで、サブリミナル、テープを1本渡した。

 ただし、彼らが受け取ったテープの半数にはちょっとした細工を加えあった。

 ラべルと中身を入れ替えてあったのである。

 つまり、被験者の幾人かは、内容は自尊心を高めるはずのテープが外には記憶力を高めると記されたテープ受け取り、別の幾人かは、記憶力を高めるはずの内容だが外見が自尊心テープなっているものを受け取ったのである(もちろん、半分の被験者は正しいラベルが貼られたテープを受け取った)。

 被験者はテープを家に持ち帰り、それを5週間にわたり毎日聞いた(製造業者によると、これが最も効果の上がる期間だという)。

 そして5週間後、彼らは実験室に戻り、もう一度自尊心と記憶のテストに回答した。

 さらに、テープを聞いて効果があったと思うか、という点についても尋ねられた。

 その結果、サブリミナル、テープは自尊心記憶、いずれについても何の影響も(増進も衰退も)及ぼさないことが判明した。

 しかし、被験者が受けた印象は異なっていた。

 自尊心テープを聞いたと思っていた被験者は、実際に内容がラベルと一致していようとしていまいと、自尊心が高まったと信じ込む傾向が強かった。

 同様に、記憶テープを聞いたと思っていた人は、自分の記憶力がよくなったと信じやすかった。

 つまり、サブリミナル・テープは実際には自尊心や記憶力を高めることはなかった、被験者にとっては効果があるように感じられたのだった。

 この研究をまとめた論文のタイトルは、「期待すれば信じるようになるが、かならずしも得られるとはかぎらない」というものである。

 さらに別のテープを使って研究を2回以上繰り返したが、製造業者が主張するようなサブリミナルによるメッセージの効果を確認できなかった。

 またサブリミナルのメッセージを使った自己救済テープについて行われた研究が他にも8つあるが、どれ1つとっても、サブリミナル療法が有効であるとする業者の主張を裏づけるものはなかったのである。

 サブリミナル論争の歴史は、どのようなサブリミナルが効果的なのかということよりも、説得というものについて多くのことをわれわれに教えてくれる。

 本や新聞の主張やサブリミナルによる自己救済テープの能書きとは裏腹に、サブリミナルの影響方略が効果的であると示されたことはなかった。

 もちろん、いつの日か科学的な方法によって効果的なサブリミナル技法を開発する日がくるのかもしれない。

 とは言えサブリミナル・メッセージの効果がこれほど疑わしいものなら、なぜそのパワーを信じる人がたくさんいるのだろうか?

 1970年頃に行われたある世論調査の結果によると、サブリミナル広告を知っていると答えた回答者のうち、81%の人はサブリミナル広告が現在でも使われていると考えており、68%以上の人がそれが商品を売るための効果的な方法であると信じていた。

 驚くべきことに、多くの人は、マスメディアや高校・大学の授業でサブリミナルの影響力について学んでいたことも、この調査で明らかになった。

 サブリミナルの影響という概念が人びとの注意を引いた理由の1つとして、マスメディアがサブリミナル説得を限られた形で伝えてきたことが挙げられる。

 サブリミナル説得に関する多くの報道は、サブリミナルが有効でないことを示す証拠を取りあげていない。

 取りあげられる場合でも、せいぜい記事の最後のほうに載るのが関の山である

 それでは、サブリミナルの有効性が多少論議されているという程度の印象を読者に与えるにすぎないだろう。

 それに2022年以降もなぜかサブリミナルの話題は尽きない。

 世間は、ご長寿な話題(サブリミナル効果)に、そろそろ引導を渡してあげようとは思わないのだろうか?

参考文献

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・Key. W. B. (1973). Subliminal seduction. Englewood Cliffs, NJ: Signet;

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・Pratkanis, A. R., & Greenwald, A. G. (1988). Recent perspectives on unconscious processing: Still no marketing applications. Psychology & Marketing, 5, 339–355.

・Moore, T. E. (1982). Subliminal advertising: What you see is what get. Journal of Marketing, 46, 38-47. 7. “Phone now,” said CBC subliminally-but nobody did. (1958, February 10). Advertising Age, p. 8.

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・(1)Pratkanis, A. R., Eskenazi, J., & Greenwald, A. G. (1989). What you expect is what you believe (but not necessarily what you get): On the effectiveness of subliminal audiotapes. Unpublished manuscript, Univer- sity of California, Santa Cruz.

・Greenwald, A. G., Spangenberg, E. R., Pratkanis, A. R., & Eskenazi, J. (1991). Double-blind tests of subliminal self-help audiotapes. Psychological Science, 2, 119-122. Pratkanis, A. R. (May 1991). The 66 cargo science of subliminal influence. Paper presented at the annual conference of the Committee for the Scientific Investigation of Claims about the Paranormal, Berkeley, CA

・Zanot, E. J., Pincus, J. D., & Lamp, E. J. (1983). Public perceptions of subliminal advertising. Journal of Advertising, 12, 37-45.12.

・In Re Vance and Belknap v. Judas Priest and CBS Records. 86-5844/86- 3939. Second District Court of Nevada. August 24, 1990, p.31.

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