ネットを利用して孤独や鬱になる現象は、近年急速に増加しています。
ネット上での交流や情報収集は、便利で効率的な手段であり、多くの人々にとって欠かせないものになっています。
しかし、ネット上での交流は、現実世界とは異なる性質を持っており、孤独感や社会的孤立感を強める可能性があります。
また、ネット上での情報収集やSNS上での他者の投稿を見ることで、自己評価や自尊心が低下することがあり、それが鬱やうつ病などの心理的問題を引き起こすこともあります。
ネットで心を病む理由は現実逃避使われるから
例えばチリで暮らす163人のグループを対象に以下の内容で35日間に渡ってアンケートを行いました。
- インターネットの使用に問題があったかを2日ごとに調べる(「この2日間、インターネット、ビデオゲーム、ソーシャルメディアに関わる時間をコントロールするのが難しかった」等)
- 気晴らしとしてのインターネットの使用があったかを調べる(「この2日間、心配事から逃れるためにインターネットを使用した」等)
- 5日ごとに鬱症状を評価し、インターネットの利用法と比較した
調査の実施期間は2020年4月~6月の間で、ちょうど新型コロナウイルス流行の初期に行われた為、全体的に参加者のストレスレベルが高く、インターネットの利用が通常より多い時期にアンケートが行われた時期でした。
そして、アンケートの結果は以下のようになりました。
- 心配事からの気晴らしとしてインターネットを利用する傾向が高い人ほど、鬱病の平均レベルも高く、問題のあるインターネット利用の平均レベルも高った
- ただし、インターネットを気晴らしに使っても、短期的に鬱病が増加するわけではない(長期的にはメンタルヘルスに悪影響が出る可能性がある)
つまり、ネガティブな感情を気晴らするためにインターネットを使う人は、長期的にはメンタルを病んでしまう可能性があるようです。
とは言え、普通に「役立つ情報を得る」とか「仲間とのコミュニケーションに利用する」等の目的が明確なら大丈夫ですが、「現実逃避に近いインターネットの利用」には問題があるようです。
では、なぜ「逃げのインターネット」が良くないのかは、以下のような悪循環に陥りやすいからです。
- 「上司から怒られた」とか「仕事で失敗した」といった問題が起きる
- 怒りや焦りや悲しみやらのネガティブな感情が発生する
- ネガティブな感情から気をそらすためにインターネットを何度も利用する
- ネットを使わなくなるとネガティブな感情が戻って来る
- ネガティブな感情が戻って来る体験をするほど、脳は「ネガティブな感情は変えられない」と思い込む
- その結果、ネガティブな感情に対して無気力になり、鬱の感情が強まっていく
ネットでその場しのぎの対策をくり返すうちに、少しずつ脳が「どうせ何をやっても意味がない」という風に考え始め感じめてしまうからのようです。
一応、調停分析も行われており、「逃げのネット」と「メンタルブレイク」の関係は双方向であるという結論も得られています。
つまりインターネットを気晴らしで使う人は、時間の経過とともにインターネット依存をコントロールできなくなって、結果として抑鬱症状のレベルが高くなります。
また、もともと鬱のレベルが高い人ほど、インターネットの依存をコントロールするのが難しい傾向があり、その結果としてネガティブな感情の気晴らしにインターネットを使用する傾向が高くなります。
上記のような2方向の経路がどちらも成り立つので、結果として悪循環が起きて、メンタルが悪化していまうのです。
これについて研究チームは、「実質的に言えば、慢性的に心配事から切り離すためにインターネットを使用すると、短期的には負の感情性を軽減する感情バッファとして機能する。ただし、それ問題のある技術の使用を強化し、それが習慣化した場合に代償として鬱症状がともなう。」
スマホやタブレットを使う時間が伸びると子供のメンタルは悪化する?
「現代社会では、子供が過度にスマホを使うと言語やその他の発達スキルの遅れにつながる」というような報告がある一方で、「実際には友人との絆が深まって良い」という可能性を示唆する報告もあります
そこでカルガリー大学などの研究チームは、「スマホは子供のメンタルに悪いのか?」を深く調べました。
87の先行研究(12歳以下の子供が159,425人)をまとめたメタ分析を行い、以下の点に関して調査を行いました。
- スクリーンタイム(スマホやタブレットを見てる時間)が増えると、子どもの攻撃性や不注意などは増加するのか?
- 不安や抑鬱などの症状はどうなるのか?
全体的にはデータの質は低めですが、ある程度は参考になると思います。
そして結果は以下の様になりました。
- スクリーンタイムが長い子供ほど、攻撃性や不注意などの外在化された問題行動が多くなるリスクが11%高い
- スクリーンタイムが長い子供ほど、不安や抑鬱などの内面化の問題のリスクも7%高い
- 女の子よりも男の子のほうがスクリーンタイムの悪影響を受けやすく、男の子のほうがスクリーンの使用量が多く、また行動上の問題を抱えやすい傾向があった
しかし、ここには以下の2つの重要なポイントがあります。
- 全体として、心理的な問題の変動のうち、さまざまな形態のスクリーンタイムと相関しているのは約1%程度である
- 研究ごとにデータはバラバラで研究の方法の違いによるものかもしれない(I² = 87.80)
つまりスマホやタブレットの使用は、確かに悪影響が有意に確認はされるものの、見つかった相関は非常に小さく、悪影響はほぼ無いと考えられます。
とは言え、まだ高品質なデータを見ない限りは、この結論だけで「子供のメンタルヘルスと幸福の99%以上は、スクリーンタイムの長さとは無関係」とも言えないので注意が必要です。
また、この種の研究では「スクリーンタイムが感情や行動の問題を起こすのか?それとも、メンタルに問題があるからスクリーンタイムが増えるのか?」という部分も解決していません。
ですが、今回の結果は、過去にオックスフォードから出た「スマホの利用時間は人生の満足度とは関係ない」という報告とも一致する部分ではあるので、今のところは「スクリーンタイムはあまりメンタルヘルスに影響しない」って考え方が優勢になってきたとも考えられます。
そう考えると、ベストセラーの「スマホ脳」のような本は、やはり煽りすぎな印象は否めません。
「SNSは良いか・悪いか」という問題
オックスフォード大学などのチームがイギリスで採取された「Understanding Society」というデータセットを使い、2009年から約4万世帯の健康と幸福度の変化を追いかけた情報から、12,672人のティーンエイジャーのデータを抜き出して、およそ7年分の追跡調査を分析しました。
まだ観察研究としては数が少ないですが、これだけのデータを扱ったSNSの研究は少ないので、現状はこれで判断する必要があります。
そして実験から以下の2点が分かりました。
- SNSの使用時間では、人生の満足度をほとんど説明できない(0.25%程度)
- 逆に、人生の満足度の変化でSNSの利用時間を説明することもできない(0.04%程度)
SNSはそれほど人生の満足度を左右していないかもしれないという結果になりました。
厳密に言えば、少しだけ人生の満足度に悪影響はありますが、そのダメージはかなり少ないようです。
これについて研究チームは、「ソーシャルメディアの利用それ自体では、若者たちの人生の満足度を予測できないようだ。ソーシャルメディアの利用と人生の満足度の関係性しは、以前に考えられていたよりもはるかに微妙なニュアンスをふくんでいるようだ。両者の関係性は一貫していないし、性別によっても影響は異なり、データの分析方法によっても変化が起きる。もっとも、そうは言ってもほとんどの影響はごくわずかなようだが。」と述べています。
「SNSは別に問題ない」と思うかもしれませんが、実際はそこまで単純な話でもありません。
というのもデータには、SNSの影響は個人差が日所に大きく、SNSで幸福になる人がいれば、不幸になってる人もいるそうです。
またSNSの使用期間によっても影響が大きく変わってきそうです。
事実、SNSと鬱傾向の関係を示したデータも少なくはありません。
「では、現時点でSNSに対してどんな態度を取ればいいのか?」」という点については、13件の先行研究(横断研究が多数)をまとめた系統的レビューで、以下の4つのポイント調べらています。
- SNSの使用時間はどれだけ長いか?
- SNSでどんな活動をしているか?(親しい人とポジティブなやりとりをしているか?)
- SNSのアップデートのためにどれぐらいの労力を注いでいるか?
- SNSの活動にどれだけ人生を依存しているか?
どうやら利用者ののメンタルヘルス低下と相関があるそうで、「SNSは親しい友人とのコミュニケーションを促進するためのツールとして使い、アイデンティティのよりどころにするのは止めるべき」という結論になりそうです。
現代では誰もが「自分よりも生活が充実している」と思っている
コーネル大学の研究では、3293人の男女を対象に全部で11個の実験を行いました。
そして実験のデザインは以下のように統一されています。
- 参加者に対して、友人、家族、同僚はどんな社会生活を送っていると思うかを聞く
- 参加者の友人、家族、同僚に、実際にどんな社会生活を送っているのかを聞く
そして参加者が思う「他人の暮らし」を、実際のライフスタイルと比べました。
その結果、全ての実験で一貫して浮かび上がったのが、「周りの人は自分よりも充実した日々を送っている」とほぼ全員が思っていたことでした。
この結果の興味深いところは、人は本来「うぬぼれバイアス」を持っているので、過去のデータでは「ほとんどの人は自分をより良く見積もっている」という結果が出ている部分ですね。
たとえば、「大抵の人は自分は他人より頭がいいと思ってるし、健康だと思ってるし、道徳的な人間だと思ってるし、運転が上手いと思ってる」みたいな話を聞いたことがある方は多いかと思います。
どうやら、人間の心は、生まれつき「うぬぼれバイアス」を抱きやすいようです。
しかし、このバイアスは完全に悪ではなく、自分に対して適度なうぬぼれがなければ、厳しい現実を生きていくのは難しいでしょう。
実際、「鬱病になりやすい人ほど現実を正確に見ている」というデータも存在しており、人間の心は「自分は他人より劣っている」って事実に耐えられないようです。
その点で「うぬぼれ」は緩衝材の役割を果たしていますが、なぜか「リア充問題」についてはバイアスが効かないようです。
このような現象が起きる理由は良く分かりませんが、研究チームは「現代では比較の対象がズレが生じているからでは?」と推測しています。
つまり、過去の社会では「近所の人の暮らし」が主な比較対象で、テレビで見る有名人の生活は「どこか遠い人」という印象でした。
ところが、現在ではネットの発達により「自分に近い人のライフスタイル」が世界レベルで比較の対象が広がったので、「うぬぼれバイアス」のベースラインが上がってしまったのではないかと考えられるのです。
SNSが生んだ「他人との比較」が現代人を不幸にしているという研究などは以前からありましたし、インスタグラムが「メンタルに悪いSNSのトップ」に選ばれたのも、影響してるのかもしれません。
参考文献
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