説得の心理学:なぜ人は変わるのを拒むのか?

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 皆さんも自分の意見を相手に通すために、誰かを説得をする機会があるでしょう。

 説得が難しい背景には、レオン・フェスティンガーが提唱した(1)「認知的不協和」とよばれる「一貫しない二つの認知を持つときに発生する不協和」が原因の一つになります。

 例えば、タバコが好きな人にとって「タバコを吸うと健康に悪い」という事実が不協和を生み出します。

 すると、その不協和を無くすために「他の皆も吸っている」とか「そもそも売っていることが悪い」という風に自分を正当化しようと考えます。

 このように、相手にとって都合の良くない事実は簡単に歪められてしまいます。

 そこで今回は、説得力うんぬん以前に、説得がなぜ失敗に終わる事が多いのかにフォーカスした内容を簡単に紹介していきたいと思うので、どうぞ最後までお付き合いください。

自分の意見に周りが賛成なワケ

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 人が自分にとって都合の良い言い訳をする傾向は、特にそれが政治的にデリケートな問題であるほど顕著になります。

 例えば、SNSや動画のコメント欄では難しい問題について色んな意見が飛び交います。しかし、その多くは平行線に終わる可能性が高いですね。

 なぜなら、ある事柄に肯定的な賛成派は「賛成派に有利な話」だけをして、反対派は「反対派に有利な話」だけをするからです。

 基本的に両者は、自分の主張にある欠点を顧みることも無いし、そもそも相手の何が優れていて、何が劣っているのかすら知らない可能性だってあります。

 実際、その傾向は研究の結果からも分かります。

 スタンフォード大学のチャールズ・ロード、リー・ロス、マーク・レッパーら三人の科学者は、アメリカの大学から「死刑を強く賛成する学生」と「死刑に強く反対する学生」合計48人を選んで、全員に二つの研究結果を提示しました。(2) 

 一つは「極刑の有効性に関する証拠」、もう一つは「極刑の効果の無さに関する証拠」を提示した研究結果。

 しかし実はその資料は偽物で、研究者達が作った物ですが、その事は知らされませんでした。

 それで、実際に学生たちは、見せられた研究結果に納得したのでしょうか?

 確かに納得しました。

 もちろんそれは、「自分の支持する研究結果に限る」という条件なら。

 なんと死刑を強く支持していた学生は、死刑の有効性が証明された資料を「よくできた研究」と評価したのに対して、反対の研究結果は「不用意で説得力ノない研究」と主張しました。

 そして結局のところ、実験の最後には両派ともに「元々あった自分の意見を強めた」だけで、それ以上の変化はありませんでした。

 つまり、より意見の両極化が進んでしまったのです。さらにハーバード大学などが似たような実験を「気候変動」(2)で行いましたが、同様の結果を示しました。

 このように新しいデータを提供すると、相手は自分の先入観を裏付ける証拠なら即座に受け入れ、自分の意見を否定するような情報を提示されると、むしろ自分の考えに固執する性質を指して「バックファイヤ効果」または「ブーメラン効果」と呼びます。

 この傾向は両極化の状況を生み出し、それは時を経て情報が増える程、広がって行きます。(3)

賢い人間は注意せよ

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 私たちは、よく自分の意見を曲げない人は「頑固で馬鹿で魅力が無い」と判断しがちですが、どうやらそれは違うようです。

 人が自分の意見を裏付けるデータを求めてしまうのは「確証バイアス」と呼ばれています。(4)

 この傾向は意外にも「推論能力に長けていて数量に関するデータの扱いを得意とする」賢い分析思考の持ち主の人が、そうで無い人よりも情報を積極的に歪めて確証バイアスに囚われてしまうという事が研究から分かっています。(5)

 実際にアメリカの全土から集められた1111人の参加者がオンラインで課題を行った実験があります。

 実験では二種類のデータ群が見せられ、その内一つが「新しい皮膚発疹用クリームの効果についての研究結果」として提示されました。

 参加者はそのデータを元に発疹用のスキンクリームが患者の肌を改善させるのか?それとも悪化させるのか?をデータから判断するように求めました。

 また、もう一つは「銃の所持を禁止する法律は本当に犯罪が減るのかどうか」について提示されました。

 そして参加者に与えられたデータは全員同じものですが、同じ情報も人によってどのように歪むのかを見てみる事にしたのです。

 実験の結果としては、新しいクリームには大抵の参加者が興味が無いのか、素早く正確に問題を処理しました。

 ところが銃の規制には熱い思いが見られたのか、情報を客観的な視点でデータ分析する事が出来ず、歪んでしまったのです。

 ここから分かるのは、「自分勝手な推論をするのは、知的でない人の特性だ」というのは誤りであることが分かります。

 また現実問題で言うなら、「情弱だから頑固である」と言うワケでないという事も言えるでしょう。

そして投資判断も狂う

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 何も私達が特定の情報を歪めるのは、政治的問題だけではありません。

 経済問題、とりわけ投資などの判断と選択が重要な分野でも同様の問題が発生しています。

 ノースカロライナ大学の神経系経済学者カメリア・クーネンらによる研究で明らかになりました。(6)

 約50名の参加者を募って、投資に関する100の決断をしてもらう。

 それは、リスクのある株を選ぶか、元本が保証された安全な債権を選ぶかというもので、それぞれの決断の後に現在時点での配当金が知らされ、再度選択の機会が与えられた。

 その結果、自分が株を選んで、なおかつそれが高配当だったら、人はそれが良い選択だったと思う傾向にあったが、株を選んで低配当だった時、人はそれを悪い選択だったと思うどころか、自分に不利な新しいデータは無視してしまう傾向にあった。

 ここから分かるのは、人は事前の決断に反した情報を軽視するという事が見て取れます。

 つまり、自分の株価が下がるという情報すら信じられず、本当に大恐慌に陥る可能性が高いという事が分かります。

終わりに

 基本的に人を説得するのは難しいです。

 「簡単に説得!」とか「これだけであなたは説得のプロ」といったような書籍や情報が流布していますが、実験から分かるのは人と言うのは頭の良し悪し関係なく自分の好きな情報しか耳に入らないという事です。

 誰かの説得に失敗しても気に病む事はありません。

 そもそも貴方が相手に好かれていなければ、誰がやっても基本的に説得は失敗しますので。

参考文献

・(1) Festinger, L. (1957). A theory of cognitive dissonance. Stanford, CA: Stanford University Press.

・(2) Charles G. Lord, Lee Ross, and Mark R. Lepper. “Biased Assimilation and Attitude Polarization: The Effects of Prior Theories on Subsequently Considered Evidence, ” Journal of Personality and Social Psycholoyg 37 , no. 11(November 1979): 2098-2109.

・(3) Sharot and Sunstein, “Why Facts Don’t Unifty Us. “

・(4) Peter C. Wason, “On the Failure to Eliminate Hypotheses in a Conceptual Task,” Quarterly Journal of Experimental Psychology, 12, no. 3 (1960): 129-40.

・(5) D.M.Kahan, E. Peters, E. C. Dawson, and P. Slovic, “Motivated Numer-acy and Enlightened Self-Government, ” Yale Law School, Public Law Working Paper, no. 307 (2013). 

・(6) Sarah Rudorf, and Bernd Weber, Camelia M. Kuhnen, “Stock Ownership and Learning from Financial Information, ” 2014 meeting of the Society for Neuroeconomics, Miami, FL.

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