コスパとタイパ思考が創造性を阻害?効率追求の落とし穴とは

 近年、ビジネスにおいてはコスト削減や効率性の追求がますます重要視されています。

 そのため、多くの企業がコスパ思考やタイパ思考に固執し、生産性の向上を目指しています。

 しかし、一方で、このような思考に陥ることで創造性やアイデアの出し方が制限され、結果として生産性が低下することもあるという指摘があります。

 本記事では、コスパ思考やタイパ思考に陥ることがもたらす影響について考えてみます。

時間術では仕事のパフォーマンスは上がらない?

 カレンダーへのスケジューリング、 ToDoリスト、メールタイムの設定、作業時間の計測など、世の中には時間管理のテク ニックが大量に存在し、それぞれが「この手法で時間を有効に使うことができる」と主張しあっています。

 しかし、実はこれらの手法にはどれもたいした根拠がなく、それどころか仕事のパフォーマンス改善に効かないという報告もかなり多いのです。

 にわかに信じがたい話かもしれませんが、時間術の効果について調べた複数の研究が、 それぞれのテクニックと仕事のパフォーマンスのあいだに弱い相関しか見出していないの はまぎれもない事実です。

コンコルディア大学などが2021年に行った調査を見てみましょう。

 研究チームは、 1980年代から2019年までに発表された時間術の研究から158本を選び、約5万 3000人分のデータでメタ分析を行いました。

 メタ分析とは、過去に行われた複数の研究データをまとめて大きな結論を出す手法のこ とです。

 大量のデータを使うぶんだけ精度は高くなり、単独の研究を参照するよりも確からしい結論を導き出すことができます。

 その意味で、データの信頼度はかなり高いと言っ ていいでしょう。

 分析にあたり、チームは時間術の内容を3つの種類に分けました。

  • 構造化:「どの活動をどの時間に行うか?」をはっきりさせるタイプの時間術を意味します。スケジュール帳、リマインダー、ToDoリストなどが代表例です。)
  • 保護化: 外部の障害やトラブルから時間を守ることに特化した時間術です。 (時間のかか 依頼を断ったり、早起きで仕事をしたり、仕事中にSNSへのアクセスを遮断したり といった手法があります。)
  • 適応化:同僚の依頼や急な会議などの問題を事前に想定し、あらかじめ対策を立てておく時間術です。(「急な会議が入ったら書類作りは来週に回す」「急な仕事を頼まれたら経 費精算は同僚に頼む」のような行動プランを作る方法が一般的です。)

 この分類にもとづき、すべての時間術の効果を分析したところ、結論は次のようなもの でした。

 時間術と仕事のパフォーマンスには「r=0・25」の相関しかないです。

 相関係数は2つのデータにどれぐらい深い関わりがあるのかを表す数値で、ここでは時間術による仕事のパフォーマンスの関係を示します。

 数字が1に近いほど両者は関係があるとみなされ、このデータで使われた分析法では、0.5以上の値を取れば「大きな関係がある」 と判断されるのが一般的です。

 たとえば、ビールの販売量と気温の関係を調べると、たいていは「r=0・17」ぐらい の大きな数値が出ます。

 暑い日に冷たいビールを飲みたくなるのは当たり前ですが、それ だけに効果量も高くなるわけです。

 その点で、0・25という数値は微妙なラインで、「時間術でパフォーマンスが上がることはあるが、効果を実感できない場面が非常に多い」レベルだと考えられます。

 ここで言いう仕事のパフォーマンスとは、上司による業績評価、仕事へのモチベーション、作業へのコ ミットメントなどで測定しており、これらの指標に対して、時間術ははっきりした意味を持たないことになります。

 さらにチームは、こんな結果も示しています。

勉強のパフォーマンスに使うと時間術の効果はさらに低くなり、学校のテストの点数や 成績アップは期待できない。

時間術がもっとも効果を発揮するのは「人生の満足度」で、仕事のパフォーマンスより72%も影響度が大きい。

 時間術というと、大半の人は日々のタスクのパフォーマンスアップに使うでしょうが、 実際にはさほどの効果を得られず、メンタル改善のメリットのほうが大きいわけです。

時間術は幸福度を高めるだけ?

 時間術の効果が認められなかった実験は、他にも少なくありません。

 ヴュルツブルク大学などのテストでは、研究チームがドイツのビジネスパーソンに時間 術のトレーニングを指示。

 グループ研修を行ったうえで、全員に複数の時間術を学ばせました。

●作業のゴールを設定して時間内の達成を目指す

●予期せぬ中断に備えてあらかじめ計画を練っておく。

●タスクの優先順位をつけて重要なことから手をつける。

●必要な作業をすべてカレンダーに書き込んで視覚化する。

●作業にかかった時間をすべてモニタリングして次に活かす。

 いずれも定番の時間術であり、一度は使ったり聞いたことがあるかもしれません。

 これだけ複数の時間術を組み合わせれば、さすがになんらかのメリットが確認されそうなものです。

 しかし、結果は先のメタ分析と大差がありませんでした。

 どの時間術を使っても仕事の 質と量はさほど改善されず、プロジェクトの締め切りを守る確率も上がりませんでした。

 唯一効果が認められたのは、被験者が感じた仕事の満足度だけでした。

 これらの結果について、先のメタ分析を手がけたブラッド・イーオンは、こうコメントしています。

 「通常、時間術は仕事のパフォーマンス改善に役立ち、幸福度の改善はたんなる副産物に過ぎないと考えられる。しかし、私たちの分析は従来の常識を覆すものであり、時間術 と生産性を結びつけるのはやめなければならない。 時間術は、むしろ幸福度を高める技法としてとらえ直すべきだ」

確かに、データが示す時間術の効果は小さく、スケジューリングやタスク管理といった定番の手法にもたいした成果は報告されていません。

にもかかわらず、 現代人が時間術へ信頼を失わないのは、これらのテクニックが私たちのメンタルを改善してくれるからなのでしょう。

 時間術を使って日々のスケジュールを組み立てれば、あたかも自分の人生を自分の力で コントロールできているかのような感覚が生まれ、そのぶんだけ重要なことをなし遂げた気持ちも得やすいはずです。

やるべきことをすべて他人に指示される状況よりも、自らの 手で時間を管理できる人生のほうが気分が良いのは間違いありません。

 とはいえ、くり返しになりますが、 時間術がもたらすパフォーマンス改善のレベルは、 気分の改善度に比べればはるかにこころもとないもの。

 やはり現時点では、万人への効果が示された時間術は存在しないのです。

コスパを気にすると作業効率は下がる?

 現代において無駄の排除と効率の追求は、世界中のビジネススクールにおける主要なテーマです。

 もちろん、私たちにとって時間が希少なリソースなのは間違いなく、効率を追求する作業は経営者だけでなくあらゆる人に必要でしょう。

 しかし、その一方では、効率の重視によって逆に仕事の成果が下がってしまうケースも 多いことが、ここ十数年の研究でわかってきました。

 その理由は、大きく2つあります。

  • 時間効率の追求が判断力を下げる。
  • 2時間効率を上げるほど創造性が低下する。

 ひとつめは、効率を追うことで私たちの判断力が下がる問題です。

 たとえば、あなたはこんな経験をしたことはないでしょうか?

 いくつもの会議を立て続けにこなし、短時間に大量のメールを送ってハイスピードで事 務を片づけるうちに時刻はもう夕方。

 ふと気がついたら、今日中にやるはずだった重要な 企画書には着手すらしていなかった。

 このように、短い時間に効率よく複数のタスクを詰め込んだ結果、大事なことに手をつけ忘れてしまったり、無理な依頼を引き受けてしまったりといった問題が起きるケースは珍しくありません。

 この現象を、行動科学の世界では「トンネリング」と呼びます。

 車を運転しながら音楽を聞き、同時に助手席の人間とも会話し、さらには目の前の通り を歩く知人の姿に気を取られれば、どんなベテランドライバーでも事故を起こす確率は跳 ね上がるでしょう。

 これと同じように、いくつものタスクを効率よくこなすうちに脳の処理能力が限界に達し、適切な選択をする能力が下がってしまう現象がトンネリングです。

 経済学者のセンディル・ムッライナタンらの研究によれば、トンネリング状態になった 人は平均でIQが10ポイントも下落するとのこと。

 この数値は、あなたが眠らずに 一晩を過ごした際に起きるIQの低下度とほぼ変わりません(4)。

 そのため、いったんトンネリングに陥ると、私たちは次の行動を取りやすくなります。

 手軽なタスクだけで満足する: マイクロソフトがイギリスで行った調査によると、効率化を重視した労働者の77%がメールの受信箱を空にする作業に多くの時間を費やし、そ れにもかかわらず「生産的な1日を過ごした」と感じていました。

 また、オハイオ 州立大学などの実験でも、効率性を追求してスピーディにタスクをこなすように指示さ れたグループは、そうでないグループに比べてタスクの処理量が約22%減っています。

 戦略的な計画が立てられなくなる:時間効率への意識が強くなると、私たちは大きな視 点を失いやすく、深く考えずに同僚の頼みを引き受けたり、運動や学習などの長期的な トレーニングをサボりがちになります。

 そのせいで、トンネリングに陥った人の多くは、 目先の課題に追われて忙しさが増し、長い目で見て重要なタスクが手つかずになるのです。

 効率を追う人ほどトンネリングにはまって忙しさが増し、そのあとには「受信トレイを 「空にした」や「友人の頼みに応えた」という刹那的な自己満足だけしか残らず、本当に大事なことにいつまでも集中できません。

 まさに悪循環です。

 もうひとつ、「創造性の低下」も、効率の追求が引き起こす大きな問題点です。

 効率を 目指して時間を意識すればするほど、私たちは良いアイデアを思いつきにくくなり、問題解決の能力も下がる傾向があります。

 ハーバード大学の心理学者テレサ・アマビールは、7つの企業から177人の従業員を 集めて業務日誌を書くように指示。

約9000日分のデータをもとに全員の働き方を解析 し、次の事実をあきらかにしました。

  • 仕事中に時間を強く意識した日は、そうでない日よりも創造的な思考の出現率が45%下 がり、プロジェクトの成果も低くなる
  • 創造性の低下は2日~3日後まで続いたが、ほとんどの従業員はその事実に気づいていなかった。

 効率を求めて時間を気にすることで、大半の人は思考の広がりがなくなり、そのせいで 最終的な成果の量まで減ってしまうようです。

 このような問題が起きるのは、創造的なアイデアを生むには「拡散的思考」が必要だか らです。

 これは、頭の中にとりとめもないイメージや記憶を遊ばせるタイプの脳の使い方で、心と体がリラックス状態に入ったときに現れやすい傾向があります。

 このタイプの思考法が創造性に欠かせない理由は、説明するまでもないでしょう。

 オリ ジナリティのあるアイデアを思いつくには、ジェームズ・ダイソンが製材機からヒントを得て掃除機を開発したように、ジョルジュ・デ・メストラルがゴボウの実の構造を面テー プに応用したように、既成の知識を新しく使う方法を編み出すか、これまでにない新鮮な組み合わせを探さねばなりません。

 そのためには、頭の中を自由なイメージと知識がさまようにまかせ、意外な情報の結びつきが起きるのを待つ必要があります。

 シャワーを浴びるあいだや眠りに入る寸前ほど良いアイデアが浮かぶのも、リラックスモードに入った脳が拡散的思考に切り替わったから です。

 対して、ひとつのことに意識を集中させ、特定の情報に脳のリソースを使う脳の使い方「収束的思考」と呼びます。

 時間を気にしながらToDoリストを処理したり、締め切 りに追われてスケジュールをこなしたりと、目の前のタスクに意識を向け続けねばならな い場面では、あなたの脳は収束的思考に切り替わり、集中力を高める方向に働き出すわけ です。

残念ながら、人間の脳は拡散と収束を同時に使えるようにはできておらず、集中力を高めようと思ったら創造性はあきらめるしかありません。

 すなわち、いつも効率を求めて時間を気にしていると、私たちは収束的思考ばかり使うことになり、拡散モードの出番がな くなってしまいます。

 その結果、創造的なアイデアの量は減り、やがてはプロジェクト全 体の停滞につながるのです。

 マッキンゼーの調査によれば、現代の仕事の7割では創造的な発想が求められます。

 効率化をすべて否定したいわけではないものの、時間の無駄にこだわることでパフォーマン スが下がるのは事実であり、そもそも効率アップばかりを目指していたら、新たな効率化 のアイデアすら浮かばないかもしれません。

産業革命の時代ならいざしらず、現代的なや り方とはいえないでしょう。

時間術は生産性の解決策にならない

●生産性研究の第一人者であるアダム・グラントは、自身が行った研究例を引き合いに出 しつつ、世の時間術の大半は、時間の管理ではなく注意力をマネジメントしているケー スが多いとコメント。そのうえで「時間術は生産性の解決策にならない」と断言し ています。

●社会心理学者のロイ・バウマイスターらが行った実験では、ToDoリストが効果を持つ理由とは、時間を有効に使えるからというよりは、「未完了のタスク」を書き出すことで頭の中が整理され、「何かやり残したことがあるのでは?」や「あの作業を先にして おくべきではないか?」といった無意識の不安感を減らしてくれるからだと結論づけ ています。

●テキサスクリスチャン大学のアビー・J・シップは、個人の時間観がパフォーマンスに 与える影響を調べたうえで、タイムマネジメントを重視することで、いっそう時間が不足しているという認識が生まれ、私たちの人生にとって本当に重要な活動をしなくなってしまう問題を指摘しています。

●テルアビブ大学のチームの調査では、「締め切り」によって生産性がアップする人がいるのは、「努力の機会費用を減らすことができる」からだと報告づけました。

締め切りのせいで作業のスピードが上がるのは、期日を決めたおかげで所要時間を逆算できるからではなく、デッドラインの存在が「私には他のことをする時間がない」との認識を強化し、そのせいで「目の前のタスクをひたすらこなすのがもっとも効用が大きい」と判断するようになるのが原因だ、というわけです。

これらのような結論が出るのは、考えてみれば当然でしょう。

1日の長さはみな同じ24時間しかないため、いかにうまくタスクをスケジューリングしようが、いかに必要な時間を正しく見積もろうが、そこにはおのずと限界があります。

「タイムマネジメント」という発想そのものが間違いだとは言わないまでも、根本に無理があるのは間違いありません。

たとえば、必要がない会議を減らし、無駄な雑談を切り捨て、タスクの優先度を何度も 確かめたうえで、最終的にカレンダーから削除すべきタスクがすべて消えてしまえば、それ以上は打つ手がないはずです。

しかも、ここまで綿密に計画を立てたところで、予定どおりにこなせるとも限らず、その先にはトンネリングや単純緊急性効果などの壁が待ち受けているのだからやりきれません。

もともと物理的な時間のコントロールには天井があるのだから、そこからさらに上を目指そうとしたら、時間以外の対象を管理するしかないのは当然です。

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