イグノーベル賞を受賞した面白い研究6選

 イグノーベル賞とは、マーク・アービテラ(Marc Abitbol)氏によって創設された、科学の分野でおかしくて面白い研究に贈られる賞だ。

 この賞は、「人々に笑いを与えることで、彼らに科学の素晴らしさを教えることができる」という目的を持ち、毎年世界中の研究者たちが出願している。

 本記事では、歴代のイグノーベル賞受賞研究の中から、特に面白いと思われる6つの実験を紹介する。

ビッグサンダーマウンテンで尿路結石が通る

 まず最初に紹介するのは、2018年にイグノーベル賞医学賞を受賞した研究で、アメリカの医師らが決まった特徴を持つジェットコースターに乗ることで、小さい尿路結石なら尿路を通ることがあると報告した。

 彼らは、「尿路結石を持つ人は定期的に遊園地に行くと良いだろう」と提言して いる。

 研究を行ったのはデイビッド・ワーティンガー医師とマーク・ミッチェル医師。

 きっかけはワーティンガー医師が担当する患者の春休み旅行だった。

 患者がフロリダ州のディズニーワールドから帰ってきた直後、ワーティンガー医師に「ビッグサンダーマウンテンに乗ったら尿路結石が通った」という報告をしたことが、実験の始まりである。

 報告を行った患者は、最初は石が通ったのはただの偶然の可能性もあると考え、何回かビッグサンダーマウンテンに乗ってみたところ、なんと毎回新たな石が通ったそうだ。

 そして、その話に興味を惹かれたワーティンガー医師は、実際に実験を行うことにした。

 まず3Dプリンターで尿路のシリコン模型を作り、大きさの異なる3つの石や尿も含め、ある尿路結石患者の腎臓系を忠実に再現した。

 その模型をリュックに入れ、腎臓のある辺りの位置で抱え、医師自身で20回、ひたすらジェットコースターに揺られた。

 本当は「牛」か「豚」の腎臓を遊園地に持って行って試したかったものの、「ファミリーフレンドリーな遊園地で、そのようなものを周囲の目に入れるのは不適切である」としてやめたそうだ。

 また実験に際しては、事前にビッグサンダーマウンテンの使用許諾をディズニーワールド側に取った。(ディズニー側からしたら、かなり珍妙な許諾の申請だった可能性はあるが)

 このことについては論文の謝辞で「この研究を敷地 内で行う許可を与えてくれたディズニーワールドに感謝する」と述べている。

 そして実際に実験がビッグサンダーマウンテンで行われたところ、その結果は例の患者の報告した通り、腎臓模型の中で石が通ったのであった。

 ワーティンガー医師は、ジェットコースター後方の席に座った時のほうが、前方の席に座った時よりも、腎臓から尿路結石が移りやすいことを確認した。

 しかも石の大きさに関わらず、前方座席では17%の確率で通った一方で、後方座席では 64%の確率で通った。

 その主な理由を「後方座席のほうが揺れが激しいから」と推測している。

 また、論文では「理想的なのは、速く、荒く、ある程度ひねりや回転があるが、 逆さまになったりしないものだ」とコメントしている。

  その考察の根拠は、「スペースマウンテン」や「ロックンローラーコースター」などディズニーワールドで比較的「こわい」とされるジェットコースターにも乗って試してみたそうだが、効果は見られなかったことが原因である。

 ビッグサンダーマウンテンはライドのテーマからもガタガタ動くように設計されており、乗客は横に細かい振動で揺さぶられる。

 一方、スペースマウンテンなどは速度が速く、加減速のたびにかかる重力により、反対に石が固定されてしまうと、 ワーティンガー医師は推測している。

 時速56km以上であれば良いが、時速160kmでは速過ぎるらしい。

 医師たちは、「一度石が通った後も定期的にジェットコースターに乗ることで、大きな石の発生の予防にもつながるだろう」、と結論付けた。

 「ジェットコースターに乗ることで直径6ミリメートル以上の石が通る確率は1%程度なので、6ミリメートル以下の石なら試す価値あり」、とのことだ。

 カルシウムや酸にしてできる結石。

 原因は不明な場合が多いが、動物性タンパク質の過剰摂取はリスクを上げるとされている。

 日本人では男性で7人 に1人、女性で15人に1人が一生のうちに一度は尿路結石ができるとされている。

 すぐに生死に関わる病気ではないが、石が尿管に移動するととても痛い。

 小さい石は自然に通るのを待つことが多いが、石をとるために手術が必要な時もある。

 また、手術とまではいかなくとも、衝撃波を使って大きな石を砕く方法もある。

 残骸の場合は石の残骸が腎臓に残り、結局また石を形成してしまう可能性があるそうだ。

 もし尿路結石にお悩みのお父さん方は、家族と遊園地に行くことで色んな意味で一石二鳥を狙えるかもしれない。

ヤシの下で寝てはいけない

 南国に生い茂るヤシの木

ハンモックで昼寝をしていたら、ココナッツが落ちてきて「痛い!」。

 まるでアニメやギャグ漫画に出てきそうなシーンを想像した人もいるだろう。(私はトムとジェリーだったが)

 以外にもココナッツの落下による怪我の実態を、実際に調べた人がいることはご存じだろうか?

 それが2001年の医学 賞を受賞したピーター・バース医師だ。

 まず時を遡ること数十年、バース医師はパプアニューギニアの僻地にいた。

 7年もの間たった1人の医師として、人口13万人の地方の診療を一手に担った奇特な人物である。

 バース医は診療を行っている間、 木から落ちてきたココナッツの実により怪我をする人が意外と多いことに気づいたそうだ。

 アニメなどの影響で一見コミカルに思えるが、実際のココナッツの危険さは侮れない。

 というか、素直に笑えないレベルである。

 なぜなら落下してきたココナッツの衝撃で人が死んでしまうことや、重傷を負うこともあるからだ。

 そのため、ヤシの木の生い茂る海辺の地元民にしてみれば、ヤシの木の下で昼寝というのは、通常ありえないのである。

 ただ、同じ南国でも高地のように住む人々はココナッツの危険を知らないことが多いそうだ。

 沿岸部に住む親戚に会いに来て、ヤシの木の下で昼寝をしていたらココナッツに打たれてしまった、というケースがよくあるそうだ。

 遊んでいる子どもが打たれて怪我をしてしまうことも多いとか。

 そこでバース医師は、4年間にわたる調査を行った結果、怪我で来院する人の2.5%は「ココナッツの落下」が原因と分かったのだ。

 ちなみにココナッツに頭部を走る動脈を打たれると、頭蓋骨の内側で出血してしまうこともあるそうで、なかには開頭手術が必要な人もいたらしい。

 また、バース医師が直接見たわけではないが、「村では落ちてきたココナッツに当たって即死してしまった人もいたと聞いた」と述べている。

 さらにバース医師は、ココナッツの落下によって頭にどのくらいの力がかかるかを計算した。

 すると、頭上に1トンの重さの物を置くのと同等の力がかかることが分かった。

 イメージが付きにくいが、例えば1トンとは小型車1台くらいの重さだと考えてくれて問題ない。

 バース医師は「立っている状態でココナッツに打たれるよりも、地面に寝転んでいるところを打たれるほうが危ない」と説明している。

 またバース医師は、イグノーベル賞により研究が脚光を浴びたことは光栄だとしつつも、 「私たちからしてみれば笑える話かもしれませんが、毎日このような怪我の手当てを している身からすれば、全然笑える話ではないのです」とカナダの医学誌にコメントした。

 今でも南太平洋のインドのココナッツ農園では、ココナッツの落下やヤシの木からの転落で怪我をする人がたくさんいる。

 日本でも、不慮の事故による死亡(交通事故以外)は家庭で起こることが最も多く、 総数の4割を占めている。

 餅で喉を詰まらせて窒息死したり、入浴する時のヒートシヨックで死亡したりすることもこの中に含まれる。

 新型コロナウイルスも怖いが、慣れきってしまった日常空間や習慣にも多くの危険が潜んでいることを改めて再確認させてくれる、そんな研究ではないだろうか。

ビール瓶は凶器として最適

 人類の酒癖の悪さは、太古の昔から変わらないようである。

 ヒトはすでにヒトに進化した時からアルコールを摂取していたとされており、農耕を始めた理由は食料供給 のためではなくアルコールを醸成するため、という説もあるほどだ。

 酔っ払いの厄介ないさかいは、今も昔も健在だ。

 2009年にイグノーベル賞の平和賞を贈られたこの研究は、法廷での次のような質問がきっかけで始まった。

「ビール瓶はヒトの頭蓋骨を割ることができるのか。また、可能な場合、空瓶と空け ていない瓶、どちらが強力か」

 研究が行われた場所はスイスである。

 研究チームの代表は、犯罪の科学捜査が専門のシュ テファン・ボリガー博士だ。

 研究チームは普段から、バーで起こった争いの被害者の科学捜査などに携わっていた。

 研究チームいわく、ビール瓶は、酒場での揉め事でた びたび凶器と化すらしい(少なくともスイスでは)。

  特に割れたビール瓶は、刺し傷や切り傷を負わせることができ厄介だ。

 そうした背景もあり、スイスでは耐性が高く再利用できるガラス瓶の使用が推奨されてきた。

 ただ、ガラスの耐性が高い場合、鈍器として使うこともできてしまう。

 そこで研究チームは、この実験専用に設計した落下装置を使い、ビール瓶で頭を殴った時の衝撃を再現した。

 使ったのはスイスの人気ビール、フェルトシュロッセンの0.5リットル瓶。

 1枚の木の板とビール瓶の間に薄い粘土の層を張って固定し、頭皮の質感やビール瓶が頭蓋骨に当たる角度を再現した。

 そこに1kg の鉄球を様々な高さから落とし、ビール瓶がどの程度の衝撃まで耐えられるかを試した。

 すると、満タンのビール瓶は30Jで破裂したのに対して、空瓶は40Jで割れた。

(ジュール「J」:エネルギーの単位。1Jは小さいリンゴやトマトなど100g程度の物体を、1メートル持ち上げるのに必要なエネルギー)

 解剖用の 死体を使った先行研究から、人間の頭蓋骨は14J~68Jで割れることが分かっていた。

 そのため、「理論上は空瓶でも満タンのビール瓶でも、ビール瓶が割れる前に頭蓋骨が砕けてしまう可能性が高い」と結論付けた。

 空瓶のほうが10Jほど耐久性が優れているとはいえ、満タンの瓶のほうが空瓶より重い。

 同じ力で叩きつけた場合では、満タンの瓶による衝撃は空瓶に比べ70%程度大きいことが分かっている。

 ある程度の筋力があれば、空瓶でも満タンの瓶でも頭蓋骨を割れることに変わりはないのだ。

 また、この研究では頭蓋骨を割ることが可能かを調査しただけで、頭を叩かれた衝撃による脳へのダメージは研究対象としていない。

 論文では「争いが起きうる状況では、このような瓶を禁止することは正当だと言える」と結論付けている。

猫は液体と固体である

 液体とは一般的に決まった形がなく、収まる容器によって形が変わるもののことをいう。

 この定義を元に、「ネコも液体と言えるか」と可能性を探った研究者がいる。

 事の発端は、ゆるネタを集めたリトアニアのウェブサイト「Bored Panda」 が、 「ネコは液体だ!」という記事を出したことにある。

 ネコたちがボウルやガラス瓶、 段ボールに器用にはまった画像を集め、「この雑技団のようなはまり様は、もはや液 体と言っても差し支えないのでは?」と主張するのだ。

 もちろん、この記事は冗談で書かれたものだが、ネット上で「ネコは液体か?」という問題は、話題になった。

 それを実際に物理学的観点から考察してみたのが、フランスの物理学者マルク・アントワンヌ・ファルダン氏だ。

 論文としてまとめるに至った動機について、「ネットでこの話を見てからどうしても考察したくなり、考察することでレオロジー(物質 の流動に関する学問)界の重要課題にスポットライトを当てることができると考えま した」とイグノーベル賞授賞式でコメントしている。

 ファルダン氏は、論文をユーモアたっぷりに書きあげているが、固体と液体の両方の性質を持つ物質の科学について真面目な問いかけもしている。

 この功績に対して、2017年の物理学賞が贈られた。

 結論から言うと、ネコは状況によっては個体とも言えるし、液体とも言い切れる というのがファルダンさんの主張だ。

 ファルダンさんは流体力学の考え方を使って説明した。

 重要なのは、物理の「緩和時間」という概念だ。

 緩和時間とは物質が変形するまでにかかる時間のことで、水などすぐに形状が変わるものは緩和時間が短く、シロップなどのドロドロしたものは緩和時間が長い。

 固体が液体かを区別するには、この緩和時間を使って「デボラ数」と呼ばれる数値を算出する。

 デボラ数とは、緩和時間を観察時間(形状変化を開始してから経った間)で割り算したもののことをいう。

 デボラ数が1以上の場合は固体とみなされ、 以下の場合は液体とみなされる。

 この数字が1を切りさえすれば、ある物質が容器の 形状になるまでどんなに時間がかかっても液体とみなすことができる。

 つまり、同じ物質でも観察時間が短ければ固体とみなされ、長ければ液体とみなさ れることがある、ということだ。

 例えば氷河とてもゆっくり動くので1時間観察しただけでは大きな変化は見られず、固体のような性質を持つが、千年単位の時間軸で考えれば、液体のような性質を持つと言える。

 水でも同じことが言える。

 人間の目に見える範囲内では水は液体のような性質を持つが、ハイスピードカメラで水風船が割れる瞬間を撮影すると、ほんの一瞬、水風船な性質を持つ、ということだ。

 ファルダンさんは「ネコについても同様です。ネコを、ネコの緩和時間よりも大き い時間軸で観察すれば、液体のように柔軟に動き容器の形をとることが分かるでしょう」と「The Guardian」に説明した。

 デボラ数を計算したところ、ネコが小さな箱に入りこむ時はそこまで時間をかけずにきれいにはまるので、定義上は液体の性質を持つと言える。

 水を張った風呂に入れようとした場合は、なるべく容器(風呂) との接触を最小限にとどめようとする(単純に入りたくないから抵抗する=時間がかかる)ため、「固体のような性質を示す」との結論に至った。

 気長に観察することさえできれば、ネコは液体なのである。

バナナの皮を踏むと滑る理由

 バナナの皮を踏んづけて滑ったことがある人に聞きたい。

 日本で、バナナの皮なんて落ちているのだろうか?

 この「バナナの皮を踏むと滑る」という認識は、19世紀後半に「バナナ」という食べ物がアメリカに広まった時、路上に皮をポイポイ捨てる人が増えたことで定着したようだ。 (歩きタバコならぬ、歩きバナナが相当多かったのだろう)

 実際、バナナのポイ捨ては1879年にアメリカの有名誌が「バナナの皮を歩道にポイ捨てする人のせいで たくさんの人が転んで)骨折してしまい、迷惑極まりない」と物申したこともあるレベルだったそうだ。

 なので、我々の想像よりも街中がバナナの皮まみれだったのだろう。

 そんな大胆なポイ捨てもなかなか見かけなくなった今では、バナナの皮で滑るのは任天堂のレースゲームでカートに乗った時くらいだろう。

 では肝心のバナナの皮の威力とは如何ほどなのか、これを深掘りし、摩擦の大きさの指標である摩擦係数を算出した北里大学の馬渕清資名誉教授らに、2014年の物理学賞が贈られた。

 まず馬渕名誉教授の専門は人工関節である。

 昔、関節の滑りの仕組みについての説明文を書いている際、「関節の滑りがバナナの皮を踏んだ時の滑りの良さを連想させる」と表現したことがあった。

 というのも関節は、クッションの役割を果たす軟骨に覆われており、この軟骨の摩擦が小さいから私たちの体は流動的に動くことができる。

 硬い骨同士が直接ぶつかり合っていたら大変だ。

 馬渕名誉教授はバナナの例えを使ってからずっと、本当にバナナの皮の滑りの良さを調べた人がいるのか気になっていた。

 文献を読み漁っても実際に測った研究は見当たらなかった。

 そこで2010年頃に思い切って、自分でバナナの皮の研究を始めたとのことだ。

 バナナの皮の研究では、普段から使っている関節摩擦の研究ノウハウが役に立ったそうだ。

 摩擦の強さを計測する機器を使って、普通に床を歩く時の床と靴の摩擦、そしてバナナの皮を靴で踏んだ時の、床とバナナの皮の摩擦を繰り返し計測した。

 データを取ることには慣れていたものの、「ただ摩擦を測るのではなく、踏んで滑 って、大きな力をかけたその瞬間だけを測るため、技術的には難しかった」とのこと。

 こうして摩擦係数を算出したところ、靴と床の摩擦係数が0.412だったのに対 して、バナナの場合は0.066と、約6分の1の値だった。

 つまり、普通に靴で床 を歩く時よりも、バナナの皮を踏んだ時は5倍~6倍滑りやすくなるということだ。ただ、バナナが滑りやすくなるのは踏んづけた時だけ。

 例えば、アクリル版にバナナの皮を載せて傾けてもスルスル滑ることはない。

 理由を探るべく顕微鏡で観察したところ、バナナの皮の内側には粘液が詰まった数ミクロメートル大の粒々がたくさん見つかった。

 この粒々が踏まれることによって弾 け、中から粘液が飛び出しヌルヌルすることで滑りやすくなることを突き止めた。

 仮にバナナの皮が乾いてしまうと、粒々の中の粘液がなくなり、踏んでも滑らなくなる。

 そうかと言って、ただ水分があれば良いというわけでもない。

 水分豊富なリン ゴやミカンの皮で試してみても摩擦係数が0.1を超えていたことから、粒々と中に 含まれる粘液がポイントなのだと分かった。

 また、この粘液は、人間の関節液の成分とよく似ていることも分かった。

 ということで、今度アニメや映画でバナナの皮でるシーンが出てきたら。

 思い出すと良い、0.066だと。

 ただし、踏んだ時に限る。

黒板を引っ掻く音が嫌な理由

 学生の頃、うっかりキーッと爪を黒板に擦ってしまい、クラス全員からブーイングを食らう、なんてことはあっただろうか?

 実際、日本だけでなく世界中で黒板を爪で引っ掻く音は嫌われている。

 ところで、この音の何がそんなに嫌がられるのだろうか?

 アメリカのリン・ハルパーン医師、ランドルフ・ブレーク教授、ジェームズ・ヒレ ブランド名誉教授は、世界中の誰からも愛されないこの音を研究し、2006年の 音響学賞を受賞した。

 この三者は当時、アメリカのノースウェスタン大学で一緒に研究を行っていた。

 ブレーク教授によると、「シンプルに、ほぼ全世界で嫌われる、 板で爪を引っ掻く音のシグナルの特徴は何かを問うてみた」とのこと。

 彼らは人間の爪の代わりに、似たような音を出せる3本爪のガーデニングフォーク を使い、黒板とガーデニングフォークが擦れる音を録音した。

 次に、この音に含まれる様々な周波数を分析した。

 そして、勇気あるボランティアたちに聞かせたのである。

 また研究チームは、高周波音が不快に感じる原因だと仮説を立て、高周波・中周波・低周波の音をそれぞれ取り除いたバージョンも聞かせた。

 そしてそれぞれのバージョンで、どのくらい不快に感じるかを評価してもらったのである。

 すると、意外にもボランティアたちは、高周波音を取り除いても不快感は減少せず。

 中周波音を取り除いた時に不快感がマシになったと答えたのだ。

 さらなる調査のやりがいを感じた研究者たちは、不快感の元凶になっている周波数がどのような場面で聞かれるかを調べまわった。

 そこで見つけたのが、霊長類の鳴き声だった。

「チンパンジーが警告のために発する叫びの声が、黒板で爪を擦った時に不快感の元になる中域にそっくりだということが分かりました。実際にチンパンジーの警告音を聞いてみると、驚くほどそっくりに聞こえました。黒板で爪を擦る音が世界中で嫌われているのは、警告音を 聞いているのだと無意識に思い込み反射してしまうからでしょう」(ブレーク教授)

 この発見の後に行われた別の研究で、このような不快な音を聞くと体が反応するのは気のせいではないことを実証した。

 実際に音を聞いた人たちが、じわっと汗をかくことが分かったのだ。

 さらにまた別の脳科学の研究では、この音が、ネガティブな感情と関連する脳の部位と、聴覚と関連する別の脳の部位との間で、コミュニケーションを活性化させることが発見されている。

 「チンパンジーの鳴き声説」は神様にでも聞かないと確証が得られない。

 そこで、別の観点から不快に感じる理由を考えた専門家がいる。

 不快感の原因となる2000~4000ヘルツの周波数は耳の中でよく響き、他の 周波数の音に比べ人間に強い反応を引き起こしてもおかしくない。

 また、人間がコミュニケーションをとったり生存したりするのに重要な周波数もこのぐらいなのだそう。

 そのため人はこの周波数の音に敏感になっており、副作用としてたまたま同じ周波数を持つ引っ掻き音が不快に感じられるのではないか、ということだ。

 面白いことに、この音を「現代音楽のフレーズです」と言って聞かせれば不快感がマシになるそうだ。

 しかし体を騙すことはできず、じわっと汗が出てきてしまうのには変わりない。

 ちなみにスペイン語では、このような不快音を聞いた時の感情にはちゃんと名前が 付いている。

 この感情は「グリマ」と呼ばれている。

 グリマと体の反応を調べた研究もある。

 グリマ感情を引き起こす音を人に聞かせると、まず始めに少しだけ心拍数が下がる。その後一気に上昇し、6秒ほど経ってから正常に戻るそうだ。

 全世界が嫌う引っ掻き音はアリストテレスすらも、引っ掻き音の不快感を認識してい たと言われている。

参考文献

・Bolliger, S. A., Oesterhelweg, L., Thali, M. J. & Kneubuehl, B. P. 2009 Are Full or Empty Beer Bottles Sturdier and Does Their Fracture-Threshold Suffice to Break the Human Skull? Journal of Forensic and Legal Medicine, 16, 138-142.

・Barss P. 1984 Injuries due to falling coconuts. The Journal of Trauma, 11, 990-991.

・Fardin, M. A. 2014 On the Rheology of Cats. Rheology Bulletin, 83, 16-17 & 30.

・Halpern, D. L., Blake, R. & Hillenbrand, J. 1986 Psychoacoustics of a chilling sound] Puhan M.A. Suarez National Library of Medicine. Perception & Psychophysics, 39, 77-80.

・Mabuchi, K., Tanaka, K., Uchijima, D. & Sakai, R. 2012 Frictional Coefficient under Banana Skin. Tribology Online, 7, 147-151.

・Mitchell, M. A. & Wartinger, D. D. 2016 Validation of a Functional Pyelocalyceal Renal Model for the Evaluation of Renal Calculi Passage While Riding a Roller Coaster. The Journal of the American Osteopathic Association, 116, 647-652.

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